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月夜の疑惑 1

「月夜姫、今宵もお会い出来て嬉しいです。こちらがお約束した干菓子です。あなたのために特別に作らせました」   渡されたのは小さな小箱。 そっと蓋を開けると綺麗なお菓子が並んでいた。 ── 月の満ち欠けを表現した形の甘い香りがする蜂蜜色をした砂糖菓子 ── 「これは……月の形ですか」 「そうです。今宵は満月なので、まずこちらを召し上がってください」 「三日月の日はこちら、半月の時はこちらを……」 「順番に口にすれば、私たちが次に逢えるまでの時が近づくのが分かります」 「さぁ口を開けて」  甘い香りの菓子を口に放りこまれる。 その時中将の指が俺の唇をそのまますーっとなぞり、そっと中に入ってくる。 「んっ!」  突然のことに動揺し身をよじり避けようとするが、そのまま顎をもう片方の手で押さえつけられてしまい逃れられない。 「んんっ」  口の中では甘い甘いお菓子が溶ろけだし、丈の中将の温かい指が口腔内を優しく行ったり来たりする。そのゆったりとした指の動きの甘さに酔ってしまう。それともこの菓子の甘さに酔っているのか。 「あっ……」  込み上げてくる熱い感情をなんとかやり過ごすのに必死だ。苦しい。この身をこのまま預けてしまいたい衝動と、仮の姿がばれてはいけないという緊張感で躰が引き裂かれそうだ。 ****   月夜姫が肩で浅く息をし苦しそうに顔を歪めたので、 なんとか理性を保ち指を離した。 見下ろすと月夜姫の目は潤み、頬は赤らんでいて戸惑いが隠せない表情を浮かべていた。  はぁ……まったくなんと可愛らしい人だ。このままこの唇を食べてしまいたい。折れそうな華奢な躰を抱きしめてみたい、綺麗な肌に触れてみたい。そんな男の淫らな欲望が次から次へと湧き上がってくる。  だが、月夜姫の一言でその気持ちはかき消されてしまう。 「このように触れてはなりませぬ。もうっ……もう逢えなくなってしまうから。私は……それが怖い」  月夜姫が目尻に涙を浮かべながら責めてくるので、 私は姫から一歩下がり心から詫びるしかない。 「申し訳ありません。あまりに月夜姫の口元が可愛らしかったので、つい触れてしまったのです。もうこのようなことはしませんから、どうか私から逃げないで下さい」  そのまま名残惜しく別れたのが、この前の満月の逢瀬の出来事だ。 「どうしたのか。今宵は待ちに待った満月の夜なのに……何故現れない?」  もう夜が更けてしまった。 満月の夜の逢瀬を心待ちにしていたのは、月夜姫とて同じだと思っていたのに。  もしや姫の身に何かあったのではないか?  不安が積み重なり、いてもたってもいられない。  しかしどんなに待っても、 月が消え空が白々しくなっても………とうとう月夜姫を乗せた牛車は現れなかった。

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