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その後の話 『重陽の節句』1
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志生帆海です。こんにちは。
物語は完結しましたが、少し幸せな二人の様子を短編で書いていきます。
二人の雅な公達のその後を描くことが出来て、幸せです♪
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月が美しい夜だ。
宮中を後にした私は、真っすぐに湖近くの山荘へ向かった。そこには、あの日取り戻した私の大事な人が待っているから。
あの日……雪が舞い落ちる寒い夜に、陰ってしまった月が再び眩い光を取り戻すかのように、洋月はこの世に戻って来てくれた。
もしかして、またこの腕の中から消えてしまうかも。
洋月と離れる時間が長いと今でもそんな不安を抱いてしまうが、私達はもう二度と離れないと誓い合った深い仲になり、半年以上過ごしてきた。
ふぅ……宮中で宴があったので、すっかり遅くなってしまったな。洋月も宴に参加していたが、いつの間にか姿を消していた。もう帰っているだろうか。
山荘の鄙びた戸をキィっと音を立て開くと、パタパタと軽やかな足音が近いづてきた。
「お帰り、丈の中将! 俺の方が一足早かったみたいだな」
「あぁ、ただいま」
私を出迎えてくれるのは、帝の第二皇子だった洋月の君だ。
政権争いを避けるために臣下に下った身分だが、その高貴な雰囲気に気品のある見目麗しい姿は、月が影っても隠し通せるものではない。
光る君……
そう宮中の女房達は呼び、もてはやしてきた。しかしこの上ない身分にこの上ない容姿を兼ね備えた洋月は天下無敵だと思っていたが、そうではなかった。躰に無数に付けられた見えない傷跡を抱え彷徨う、小さな子供のように儚げな人だった。そんな私たちの間には様々な辛い出来事が通り過ぎた。
私はそれに立ち向かい乗り越え、すべての元凶をも許してしまった洋月の潔さに惚れている。
洋月に出逢い、私は本当の恋を知った。
洋月を知れば知るほど、その高潔な魂に惚れてしまう。
「どうした? そんなにまじまじと見つめて」
細い首を少し傾け口角を上げ優しく微笑む洋月の唇は、今すぐ奪いたくなる程、魅力的だ。
「いや……とても幸せだと思った」
「丈の中将……ありがとう。なぁ酒を飲み交わそう」
「珍しいな? そんなに強くない君から誘うなんて」
「だって、今日は特別だ」
「なぜ? 」
「全く君は風情がないな。今日は九月九日だよ?」
「あぁそうか」
「二人きりで※重陽の節句をしないか?」
※重陽の節句
古来より、奇数は縁起の良い陽数、偶数は縁起の悪い陰数と考え、その奇数が連なる日をお祝いしたのが五節句の始まりで、めでたい反面悪いことにも転じやすいと考え、お祝いとともに厄祓いもしていました。中でも一番大きな陽数(9)が重なる9月9日を、陽が重なると書いて「重陽の節句」と定め、不老長寿や繁栄を願う行事をしてきました。
「部屋に酒を用意したよ」
洋月は私の手を引いて御簾の中へと誘った。御簾を通り抜けると香しい菊の香りと黄色い色合いが飛び込んで来た。部屋一杯に菊の花が飾られ、台には菊の花びらが浮かぶ赤い盃が用意されていた。
「さぁ丈の中将、これを飲んで。菊花酒だよ」
「ふふっ洋月私を酔わせてどうするつもりだ?」
「えっ! どうもこうも……俺は君と酒を飲みたいだけだ」
「そうか妙に熱心に勧めるから……何か私にして欲しいことがあるんじゃないか」
「ははっ君はなかなか鋭いな。君を酔わせて……これを……」
悪戯そうに洋月が微笑む。
すべての問題が片付いて私と穏やかに暮らすようになってから、洋月はやっと年相応の表情や振る舞いを見せてくれるようになった。そんな洋月が可愛くて仕方がない。
「見せてみろ」
洋月が後ろ手に隠し持っていた布を取り上げると、赤や白・黄色の色鮮やかな真綿だった。
「これは※菊の被綿(きせわた)だな」
※前日に菊の花に綿をかぶせておき、翌朝、菊の露や香りを含んだ綿で身体を清めると長生きできるとされていました。
「ふふっ私を酔わせて宮中の女房たちのように?」
「もうっ! それ以上言うなよ」
揶揄いすぎたか。少し涙目になってきた洋月は小さな子供のように頬を膨らませた。
「だって……女房達が教えてくれたんだ。この菊の露を含んだ綿で躰を清めるといいって、長生きできるって……だから俺は君に長生きして欲しいから」
「あぁそうだ。その通りだよ。それならこれは私だけでなく洋月にもかぶせないと」
「えっ俺はいいよ」
「駄目だよ。さぁ衣を脱いで」
戸惑う洋月を床に押し倒し、蘇芳色の秋らしい色目の直衣を手際よく奪い取っていく。
「えっ……あっ駄目だ……」
洋月は突然肌を露わにされた羞恥で躰を赤く染め、そして両腕で白い肌を隠そうとしている。
「ふっ何を恥ずかしがる? 」
「だってまだ酒も飲んでいないのに……いきなり」
「酒よりも洋月……先に」
洋月の躰に黄色が鮮やかな菊の被綿をかぶせ、布越しに洋月のほっそりとした躰をぎゅっと抱きしめ、耳元で和歌を囁いてやる。
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秋の菊にほふかぎりはかざしてむ 花よりさきと知らぬわが身を
紀貫之 『古今和歌集』
訳・秋の菊が咲き誇っている間だけは、髪に飾っていよう。この菊の花以上に短いかもしれない命なのだから。
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「なぜ……寂しいことを」
腕の中の洋月が寂しそうに問うと、部屋に飾った菊の黄色い花びらがふわっと舞ってきた。髻を解した黒髪に黄色い花びらが絡まっていく。
「命ある限り、共に過ごしたい……そういう意味だ」
「そうか……それは俺の願いでもあるな」
洋月が身じろぐ度に、綿につけた菊の香りが部屋に立ち込め、私を刺激していく。さらに洋月自身が本来持っている白百合の如く花の香と交ざり、私を深い官能の世界へ誘っていく。
「抱くよ」
躰を包み込んだ菊の被綿ごと、洋月を床に下し、私は覆いかぶさっていく。
洋月は誘うように唇を薄く開き、微笑んだ。
「来てくれ」
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