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【最終話】月は再び湖を照らす 5
「それではこれにて。朝までごゆるりとお過ごしくださいませ」
海が部屋から出て行くと、山荘には私と洋月の二人きりになった。
夢みたいだ。こうやってまた洋月の肌に触れることが出来るなんて。
「洋月、おいで」
そっと洋月を真新しい寝所の畳の上に寝かせた。洋月の柔らかな肌が傷つかない様に、絹の小袖を何重にもその背中の敷いてやった。そしてその整った輪郭の頬を撫でながら、洋月が私の元に戻って来てくれたこと確認し、感謝した。
「本当に生きていてくれて良かった。もうこの世にいないのではと心配していた。ずっと不安だった。ずっと探していたのだよ」
「丈の中将……心配掛けたな。そうだな、あの日……冷たい湖の底で俺は死んでいたかもしれない。だが俺の君と別れたくない、離れたくないと願う気持ちが勝ったのか、俺は不思議な体験をしたよ」
「一体どこへ行っていた?隈なく探したんだぞ」
「ふっ……信じられないが、俺達がいるこの世界のずっとずっと先の明日の世界を見て来たよ」
「えっ?ずっとずっと明日とは?」
「夜が明ければ明日が来るだろう。そしてまた夜が来て明日が来る。毎日はその繰り返しだ。恐らく気が遠くなる位それを繰り返した先の世界だったのだろう。俺が辿り着いたのは……」
「そんな所にいたのか。ずっと……」
「うん……実際にいたのはひと月足らずだったと思ったが、此処はいつの間にか冬を迎えていたのだな。向こうで俺にそっくりな人に助けてもらった。本当に瓜二つの顔を持っていた。名前も同じだった」
「洋月と?」
「あぁ、彼は『洋』といったよ。それから丈の中将と同じ顔をした『丈』という人もいたよ」
「そんな不思議な世界があるのか」
「きっとあの人たちは俺達の生まれ変わりだ。洋の身の上は俺とよく似ていた。苦しんでいた。でも洋は強い心で降りかかってくる災難を乗り越えて行ったよ。そして丈と想い合って暮らしていたよ。俺はそれを見て、洋みたいに強くなりたいと願った」
「だからなのか……洋月の雰囲気が少し変わったのは」
「そうかな」
「あぁ前は打たれればすぐに倒れてしまいそうに儚げだったのに、今は、しなやかな強さを感じるよ」
そんな話を抱き合いながらしていると、洋月の白百合のような品のある香りが鼻をかすめ、私の下半身が疼いてくる。それにしても洋月は不思議な衣を身に着けている。その衣は腰紐ひとつですべて脱げてしまうような危うさを持っていて、現に私の下に組み敷いている洋月の胸元の袷が乱れ、先ほどから桜色の乳首がちらちらと見えて私を刺激してくる。たまらず胸元に手を挿し込み、象牙のような滑らかな肌に、つーっと手を這わすと、洋月がくぐもった声をあげる。
「んっ……」
「洋月……この衣はその世界の衣装か?」
「あっ……ん…『浴衣』と言う名だそうだよ。君の分もあるよ」
「ははっ随分脱がしやすい衣装だな。私に抱かれるときはいつもこの衣を着ているといいな」
「馬鹿っ!」
頬を赤く染めた洋月が睨んでくるのも、可愛い仕草の一つだ。
「もう……我慢できない。抱くよ」
「あぁ」
二つの尖った突起を交互に甘く舐め、指先で摘んだりしていく。さらに手を下半身に這わし、ほっそりとした太腿に沿って撫でていく。吸い付くように柔らかな肌の上を、私の手が滑り、洋月の太腿の先のきわどい部分までそっと手を這わしていく。
ゆっくりと、じっくりと洋月の躰を確かめるように、私は触れて行く。
「もう、こんなに濡らして……」
「あっ…んっ」
雫のように洋月から堕ちてくる液体を拭い、それを洋月の蕾にあてがい、指を抜きさししていく。
「んーっ、うっ」
久しぶりの刺激に洋月の躰が過敏に反応し大きく跳ねる。浮き上がる腰を抑え込むように、洋月の手首を掴み、床に張り付けて深い口づけを落としていく。
「ふっ……あっ……あ…」
甘い吐息……甘い声。
本当に同じ男とは思えないほどの甘美な雰囲気を洋月は持っている。固く芯を持った乳首をじゅっと音が出るほど強く吸えば、洋月の目から涙が滲みだす。
「うっ」
「すまない。痛いか」
「ちっ違う……久しぶり過ぎて」
「気持ちいいか」
洋月は無言でこくりと頷いて、口を薄く開いて誘ってくる。舌を搦め洋月の口腔内を縦横無尽に動いていく。洋月はもう私に全てを委ねるかのように身を任せている。
「洋月っ……帰って来てくれてありがとう」
「丈の中将……俺もだよ。俺も早く君に抱かれたかった」
「もう限界だ……」
「いいよ、中に挿れて……」
腰紐を解き放ち一糸纏わぬ姿に洋月をしていく。
白い絹の上に横たわる洋月の躰は真珠のように輝いて見えた。白い光線を辿ると、窓の外に白い月が浮かんでいた。
「月光か」
「雪がやんで……月が出て来たんだね」
「あぁもう俺達を裂くものはいない。ずっと二人は共に歩む」
「そうだな。悪夢から覚めたような気分だよ」
月光を浴びて浮き上がる洋月の躰は、すべての悪夢から清められていくかのように、輝いてみえた。清らかに……香しく……ほっそりとした綺麗な形の足を持ち上げ私の肩にかけ、腰を浮かせ、深く奥まで私の躰を沈ませた。ずんっと音が出るほど、最奥めがけて腰を上下に動かしていく。
「あぁぁ……んんっ…ん」
洋月の喘ぎ声。
乱れた肢体。
顔にかかる艶やかな黒髪。
全てが色香が溢れ、官能的で堪らない。
もう離さない。離れない。
二人は共にこの世の果てまで生きて行く。
「くっ」
私のものが弾けると同時に、洋月も精を放った。
「はぁ……はぁ」
肩で息をして呆然としている洋月の汗ばんだほっそりとした躰を、この胸にきつく抱きしめる。細い腰に手を回しお互いの胸を合わせ、心臓の早い鼓動を分け合う。
「想い人だ……君は私の大切な人だ」
「俺もだよ。俺たちはもう離れなくていいのだね」
「あぁ月が暗黒の湖を再び照らしたように……俺達は再会できたのだ。この先はずっと一緒に生きて行こう」
「嬉しい。本当の俺を見つけてくれてありがとう」
全ての因縁から解放された洋月の躰は、まるでこの瞬間生まれ変わったかのように更に清らかに見えた。
この先の人生。
愛を分かち合って、二人で生きて行く
そう誓いあった。
「これを……」
洋月の胸に、あの日湖に浮かびあがった月輪をのせてやる。
「あっ……これ、君が持っていてくれたのか」
「あぁ、あの湖であの日……救えたものだ」
「そうか……ありがとう。良かったよ、君が持っていてくれて。これがあるから俺は戻って来れたのかもしれないな。月虹の道は一つの白い輪に向けて真っすぐに伸びていたから」
****
翌朝、帝の葬送に洋月は黒い喪服姿で、宮中に参内した。
その輝く美貌と甘い雰囲気は、喪に服していても漏れ出してしまうほどだった。
帝の崩御の悲しみの傍らで、宮中の誰もが、洋月の復帰を喜んでいた。
臣下に下った洋月は政権争いとも無縁で、これから先は穏やかな人生を送ることになるだろう。
私と共に……月夜の湖を見下ろすこの山荘で。
この身が果てるまで、共に歩んでいく。
「君により思ひならひぬ世の中のひとはこれをや恋といふらむ」
在原業平・君のおかげで知ることができた。人はこれを恋というのだろうか…
月が照らす道は明るい。
恋を知った私たちは、もう進む道を迷わない。
【月夜の湖】了
****
こんにちは!志生帆海です。
一足お先に『月夜の湖』がとうとう完結しました。
洋月のことを長い期間、ずっと応援してくださってありがとうございます。私も無事書き終えることができて感無量です。なんとかハッピーエンドで終わることが出来て良かったです。
途中ハラハラさせてしまいましたね。いつも読んでくださる皆様のおかげで、ここまでお話しを書き続けることが出来たと思っています。
これからも創作小説を書いていきたいと思っています。
よかったらまた違うお話しでも応援していただけたら嬉しいです。
本当にありがとうございます。この後少しラブラブな後日談が続きます。感想等よろしけれ励みになりますので、お待ちしています。
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