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月は再び湖を照らす 4
到着したのは、あの洋月が沈んでしまった湖からそう遠くない山荘だ。表向きは鄙びた山荘だが、中の手入れはきちんとさせておいた。いつか洋月が戻って来た時、二人で心置きなく過ごす場所にしたくて、ずっと準備しておいたのだ。
「丈の中将さま、お待ちしていました」
一足先に連絡を受けた海が出迎えてくれた。あれから海は帝の元を離れ、私の手となり足となり、洋月の捜索に必死になってくれていた。
「先ほど連絡を受け驚きました。本当に良かったです。洋月の君が見つかって」
「あぁ。海……お前にも世話になったな」
そのやりとりを聞いていた洋月が驚いたような声をあげた。
「海ってあの時の……俺を逃がしてくれた従者の? 」
「そうだよ。あの海だ。あれから私と海は力を合わせて君を探していた」
「そうなのか」
私の手を取り牛車から降りた洋月は柔らかい笑みを浮かべ、海の方を見た。
「海……せっかく君が逃がしてくれたのに、俺は誤って足を滑らせ湖に落ちてしまった。でもその湖こそが俺の未来を切り開く場所だった。だから海のおかげだよ。ここにまた戻って来られたのは……本当にありがとう」
「そんなことありません。私は帝の命であなた様に酷い仕打ちをいたしました。どうかお許しください」
「もう大丈夫。いいのだ。誰だって上の者からの命には背けない、現に俺もそうだったから」
何かを乗り越えたかのような洋月の姿だった。儚く消え入りそうな姿ではなく、すべてを受け入れ乗り越えた瞳を持っていた。
「丈の中将様……どうぞ中へ、部屋は暖めてありますし、必要なものはすべて用意してあります。明日の朝まで私は山荘の周りの警備をしております。それまではどうぞお二人で心ゆくまでお過ごしください」
「あぁそうさせてもらおう。助かるよ。そうだ、洋月の分の喪服も用意したか」
「はい。しております、では私はこれにて」
凛々しい頼もしい海を見送り、私は洋月の手を引いて山荘の部屋に入った。
****
喪服とは?
一抹の不安が過る。まさか……いや、やはりそうなのか。
あの道ですれ違った帝はもうこの世にいないのか。
****
月虹の白き道を歩き出すと途中で道が二つに分かれたので、赤い髪の女と王様とは、そこで別れた。
そこからはひたすらに俺は独りで道を歩んでいた。しばらくすると向こうから人が歩いて来たので驚いた。
こんなところですれ違うなんて、一体誰だ?
目を凝らしてみると、牡丹……いや帝だった。途端に躰が凍りつくようだった。だが帝は慈愛に満ちた表情を浮かべ近づいて来た。あの憎しみや恨みで溢れた眼ではなく、すべてを置いて旅立つ者のように、どこか寂しく、どこかふっきれたような不思議な表情を浮かべていた。
帝が俺とすれ違う瞬間、俺はふわっと躰を抱きしめられたような感覚に陥った。こんなにも帝に幼子を抱くように優しく抱きしめられたことはあっただろうか。乱暴に、物のようにずっと扱われてきたのに…
そんなことを考えていると、次の瞬、帝の心の声が躰に沁み込んで来た。
「洋月、こんなところにいたのだな。探したぞ。私はお前にずっと謝りたかった。15歳で再会した時、どうして私はお前に父としての感情を持てず、あんなことをしてしまったのか。すべて私の驕りだ。許してもらえない数々の行為でお前の心も躰も壊してしまった。旅立つ時になってようやく私は自分がしてきたことがいかに恥ずべきことか身に染みて分かった。私はこれからお前にした仕打ちの罰を受けに旅立つよ、最期に逢えてよかった。月夜の更衣に生き写しのような可愛い洋月、時間を遡れるなら、あの15歳の再会からやり直したい。お前の良き父として過ごしたい。許してもらえるとは思っていない。だが詫びさせて欲しい。せめてこれからは丈の中将と幸せな時を刻んで欲しい」
「帝……? 何故そのようなことを? 」
「洋月。本当は血を分けた肉親と同じようにお前を息子として愛おしく思っていた。幸せになりなさい。すまなかった。お前をずっと苦しめた」
そんな心の言葉が降り注いできた。
帝の本心を聴くことが出来、凍っていた俺の心も解き放たれ、俺も憎しみを葬ることが出来たのだ。
「帝、どこへ行かれるのですか」
「お前はこのまま真っすぐ行きなさい、お前のことを待っている人が沢山いるよ。私はあちらへ呼ばれている。自分がしてきたことの罪をこの身で受けねばならぬ。これでいいのだ。最後に一目会えてよかった」
「帝! 」
「息子よ……愛しい息子…」
その瞬間一陣の風と共にもう帝の姿は消えていた。
出逢いと別れ……
いつの世でも表裏一体だ。
****
「丈の中将……」
「なんだ? 洋月」
「帝はお亡くなりになったのだね」
「……知っていたのか」
「あぁ……俺は先ほど黄泉の国へ旅立つ帝とすれ違ったようだ」
「そうか……では直接お前に言えたのだな」
「あぁ、お言葉をもらった。俺が欲しかった言葉を……降り注いで行かれた」
「そうか、実は帝は俺にも伝言を託されていた」
「そうか。もう俺は忘れるよ……すべてを。いつまでもこの世にいない人を恨んでもしょうがない。最期に気が付かれたのなら、良かった」
「俺が進むべき道は、君と共に生きる道のみだ。もう負の感情に引きずられたくない」
そういって、俺は丈の中将の胸に飛び込んだ。
これでいい。この日を待っていた。
「丈の中将、俺を抱いてくれ。強くしっかりと。この世に戻って来たと実感させてくれよ」
「洋月……いいのか。まだ疲れているだろうに」
「君を今すぐ深く感じたい。それが望みだよ」
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