50 / 62

月は再び湖を照らす 3

 私は冷たい雪をもっとしっかりと頬に感じたくて目を閉じた。せめて雪の口づけで、洋月の唇を思い出したいと切に願った。  あの細い体を、この腕できつく抱きしめてやりたい。もう何処へも行かないように、行けないように……  もしもう一度再会できたら二度と離さない。  それはもう会えないのか、もう叶わぬ夢なのか…… 「えっ……」  ところが頬に感じたのは粉雪ではなく、もっと柔らかく温もりのあるものだった。  まさか……恐る恐る目を開けると、そこに映ったのは。  逢いたかった  ずっと探していた  待っていた  信じていた 「よ……洋月なのか……君は本当に……」  ふっと儚げな微笑に白百合のような香り。間違いない。これは夢じゃない。  洋月はそのまま無言で私の胸にドンっと飛び込んで来た。そして私の胸の中に頭を埋め、小さくその頭を震わせていた。  泣いているのか。 「お……おいっ」 「丈の中将っ逢いたかった。ずっと……この瞬間を待っていた」 「私も同じだ。信じられない」 「ただいま」  胸の中から顔をあげた洋月の頬に、そっと手をあててみた。洋月の目からは涙が溢れ、頬は紅潮し、唇は珊瑚のように生気を持っていた。これは現実なのか、まだ信じられない。本当にここにいるのか、生きていることを確かめたくて、温もりを感じたくて、頬を撫で細い体を撫でまわした。 「丈の中将。ふっ……そんなに触ったらくすぐったいよ」  悪戯な笑みを浮かべる洋月は今すぐ食べてしまいたいほど、可愛らしい表情を浮かべていた。 「悪い。だが信じられなくて」 「俺は帰って来たよ。君の元へ……ほら」  洋月の唇が私に覆いかぶさって来た。途端に砂糖菓子を食べているような甘い吐息が漏れだす。洋月の小さな唇は薄く開いて私を誘っている。私はその唇を貪るように吸い、舌を差し込み、口腔内を自由に蠢いた。 「あっ……ふっ……んっ待って」 「なんだ?」 「……ここでは、寒いから」  はっと我に返って洋月の着ているものを見ると、薄い小袖のような見慣れぬ白い衣を着ていた。 「見慣れぬものを着ているな」 「うん……話せば長くなる。その前に俺は君を感じたい。まず躰で確かめたいんだ。本当に君の元へ帰って来られたのかを実感したい。駄目か」  断るはずがない。 「そうだな……この近くに山荘を用意した。そこへ行こう」 「そうしてくれ」  洋月を横抱きにして、洋月が手にしていたもう一枚の衣をそっとかけて、供の者に顔が見えない様にしてやった。 「これ……君のものだよ」 「何がだ?」 「この着物は俺からの贈り物だ」 「これが? 」 「うん。後で着せてあげよう」  私は牛車に洋月を宝物のように乗せて、山荘へ向かうように指示をした。牛車の中で洋月は私の胸に躰を預け、私は洋月の細い腰を抱きしめた。  もう離さない。二度と!

ともだちにシェアしよう!