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「鍵を拾った時、正直迷ったよ。玲くんの家に、時仲くんがよく来ていたのも知ってたしね」
「えっ?」
「たまたま、鍵をアパートの前で僕が拾ってね。一旦、交番で保管してたんだ。その後、君が部屋の前で慌てているのを見つけたんだ」
稔さんが拾ったのだと知って、僕は驚いた。あの日、稔さんはアパートの住民が拾ったと言っていたはずだ。
「こっちに取りに来るのを待とうかとも思ったんだけど……寒い中、いつまでも可哀想だなと思って……つい」
稔さんが苦しそうに顔を歪める。ということは、もし、あの時僕が鍵を落とさなかったら、ずっと稔さんのことを知らなかったという事になるのか。
僕は複雑な気持ちになる。出会わなければ、お互いに辛い思いをせずに済んだかもしれない。でも、稔さんの気持ちは永遠に、宙にぶら下がったままだったのかもしれない。
「まさか君の方から僕に興味を持ってくれるとは、思ってもみなかったけどね。それ以前に、家に上げるなんて相変わらずだなと思ったけど」
言いながら稔さんの表情が、少し柔らかくなる。
僕は思わず、恥ずかしくなり頬が熱くなる。警戒心がなさすぎると、将希に怒られたことを思い出してしまう。
「見守り続けると誓ったはずなのに……。どうしても、我慢できなくなってしまった」
稔さんが僕の手に、自分の手を重ねてくる。稔さんの手は冷たく、震えていた。
そのうえ、僕の事を切なげな表情で見つめてくる。
稔さんの様子に、僕は息が詰まったように苦しくなってしまう。確かに稔さんが、異常な行動をしていることは間違いない。それでも、僕の事を気遣う気持ちは伝わってくる。
だからこそ、この手を払い除けてまで、部屋から追い出すことは考えられなかった。けれども僕は何を言うべきか分からず、言葉を発することが出来ないでいた。
「ごめんね、玲くん。黙ってて……。君が怖がるのも、無理はないよ」
スッと稔さんの手が離れていく。
その手を掴もうかと、逡巡しているうちに稔さんが立ち上がってしまう。
「今までごめんね」
稔さんはコートを手に持つと、部屋から出ていってしまう。
僕は止めることも出来ずに、その後姿をただ茫然と見つめ続けた。
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