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例えばの話、仕事の帰り道に誰か倒れていたら拾うか?
まぁ、多分、声はかける。死なれたら事だし、ここが警察によって封鎖でもされて見ろ、最悪だ。仕事に行けない。
俺はよく人に「仕事が恋人ですね!あはは!」と言われるし、昔婚約していた彼女にも同じことを言われ、その婚約はなくなった。だから仕事に生きることにした。仕事大好き!と叫べばいいのだろうか。
―――話を戻そう。俺は今大好きな仕事の帰り道だ。その道の途中に人が倒れている。
「最悪だ…」
ぽつりと呟き、項垂れながら近寄ると、うつ伏せで倒れているその人物の下から赤いシミが広がっているし、着ている着物も赤い。
「さ、さっ、殺人⁉救急車…!いや、警察⁉」
動揺しながらスーツの内ポケットから携帯を取り出すと、「圏外」になっていて、さらに動揺した。もうパニックだ。パニック。
「…っ、な、え⁉なん」
で、と言いかけた言葉にかぶるように、倒れている男がうめいた。
「…………………………いい、やめ、ろ」
絞り出した声に、ひっ、と声を上げながら思わず尻餅をつくと、もう一度「やめろ」と消えそうな声が聞こえた。
「しばらく、ねてれば、……なお、る」
「はぁ…⁉」
いやいや、治らないでしょ。治りようがないだろ!血溜まりは広がるし、顔は見えず声だけは聞こえるし、でもこのまま放置もできない。
「ちょ、……ちょっと、なぁ、君、とりあえずここは場所が悪いから、…ある、…歩けない、よな」
支えながらなら行けるか。家まであと少しだし、流石に、捨て置くには。
―――春日井美琴、三十路の秋に、人を拾いました。
解毒剤を下さい!
「………何してんの、お前」
「何って仕事……書類整理………いや、じゃなくて」
支えるように連れ帰り、俺が普段使っているソファに寝かせて、俺はノートパソコンを開いていつも通りの仕事をしていた。ソファより幾分か低い位置にある机に肘をついて重い頭を支えながらチカチカする画面を見つめる。
「なん?」
「なん?じゃなくて…怪我は?寝てろよ。さっきまで死にかけてたでしょ」
「いらん。必要ない。傷ならとじとる」
振り向いて男を見ると、男は体を起こして俺のパソコンを訝しげにのぞいてくる。
たしかに無理やり着替えさせた服には血は滲んでいないし、顔色は悪いけどケロリとしている。
「はぁぁああぁ?意味がわからないんだけど……なんで閉じてるの…うわぁ…」
おもむろに男に着せていたシャツをめくり、脇腹にあった傷を確かめると、数時間前にはたしかに存在した傷跡がなくなっている。
どんな再生能力だ。
「こら。捲るな。肌を見せる趣味はない」
「いや、俺にもないし。って言うか、そうだ、治ったなら連絡先。家の人が心配するでしょう」
「いらん。必要ない。家族なんておらん」
長い黒髪の間から銀色の不思議な目が光る。あまり見ない色だから思わず見つめた。
「……………じろじろみんな」
「え、あぁ。ごめん。じゃあ名前は?名前」
「狗神」
「いぬがみ…??珍しいな。苗字?」
「苗字ってなんや。俺は狗神。それしか名はない」
ふん、と腕を組んで、俺の隣に降りてきた男――狗神はパソコンの画面を見つめ「なんや、これ」とトントンと指先で画面をつつく。
「……え、あ、パソコン。俺の仕事道具だよ。じゃ、なくて」
「なんや」
「何であんな場所に倒れてたわけ?怪我だって酷かったのに」
肩くらいまで伸びた黒髪は、毛先だけが若干赤い。狗神は不思議そうに首を傾げて「別にひどくはない」と俺の方を向いた。揺れる前髪から覗く銀の目は相変わらず不思議な光を放っている。
狭いアパートの一室だ。狗神は意外と背が高く、支えてここまで歩くのも大変だった。狗神がいるせいで部屋が狭く感じる。何より意外と綺麗な顔をしていて、近くにいると少しばかり困る。
「お前はなんていう」
「え」
「名前。なに」
「あぁ、美琴。春日井美琴だよ」
「そうか。なら、美琴」
「? なに?」
「寝るぞ」
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