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マンションに入ってエレベーターに乗り最上階へ。ワンフロアがその「百目鬼」と言う人の部屋なんだそうだ。
「いらっしゃい」
「柚木、さん?」
部屋の入り口の前には、刀を携えた柚木さんが立っていた。
「………百目鬼に呼ばれたん?」
呆れたように聞いた狗神に、そうそうと柚木さんが笑った。着物ではなく、スーツでもない。どちらかと言えば何かの制服…のようなものを着ている。
「お前はすぐに百目鬼に手を出そうとするから、俺が保険で呼ばれたの。いい迷惑だから早く済ませてくれない?」
「――――――わかった」
呼び鈴も鳴らさずに部屋に入り。俺は狗神の後ろを歩いた。そのままリビングに向かうと、革張りのソファには黒いスーツを着た体格のいい男がひとり座っている。黒髪に、黒い手袋をしていた。
「……いつも呼び鈴は鳴らすようにと言ってるのに」
「うるさい。用件はなに」
ソファにも座らずに立ったままで狗神はその男を見下ろした。
「何じゃないだろう。人間と住むときは言えと何度も使いを送ったはずだが」
「使いが来るってことは知ってるって事やろ。なんでわかりきった事実をわざわざ公言しにこんな場所に来ないといけんのや。無意味。時間の無駄」
俺は少し後ろでうわぁっと声を出さずに視線をそらした。露骨に嫌いすぎるだろう。この人は狗神に何かしたのだろうか。狗神がここまで嫌悪する理由がちょっと知りたい。でも、狗神に余計な助言をしたのはこの人じゃなかったっけ?
「………酷いな」
「酷くない。お前が人間嫌いなのは構わないけど、いい加減にしろや。俺が好きなのは美琴。この先も一緒に生きるのは美琴だけやし、お前にそれを確認される必要も、わざわざ報告しに来る意味もない。今日は柚木に感謝して。次からは呼ばれようと来ない」
「え~?俺まで巻き込むの?いいけどぉ」
いいんだ…。そこは巻き込むなとか言わないのか。この柚木って人は、狗神と同じでそこまで百目鬼が好きではないのだろうか。俺には、まぁ、なんていうか関係ないのかもしれないけれど。
「―――美琴」
「え、うわ、」
ため息を吐きながら振り向いた狗神に手を掴まれて、結局俺はそのまま部屋を後にした。来なくてもよかったんじゃないのかとも思ったけど、この場合、来たこと自体に意味があったのかもしれない。あの人は、一瞬だけ俺を見たから。
「狗神、なぁ、」
玄関の扉を開けて、そのままエレベーターに乗り込むと、狗神に思いっきり抱きしめられた。
「わっ、どうした?」
「…………ここに居る時のあいつ、嫌い」
片言になるくらい嫌いか。俺はそんな狗神が少しおかしくて、よしよしと背中を撫でる。
「狗神、お疲れ様」
「いつもは、あいつが口を開いた瞬間に殺したくなる」
「いや、だから物騒すぎだろ」
エレベーターが一番下について、狗神は俺を離すと歩き出した。マンションの一階フロアは何もないだだっ広い空間になっていて、入り口からエレベーターまでが一本道だ。こんなに広い空間なんていらないと思うのだけど。何か考えでもあるのだろうか。不思議な空間だ。
「帰る。美琴」
「ん?あぁ、帰ろっか」
「多分、ここに住まないといけんくなるけど、百目鬼には二度と会いたくない」
「あぁ……」
確かに柚木さんが一緒にいるならここに移らないといけないと言っていたっけ。でも、まぁとりあえずは
「一度帰って、ゆっくり休もうな。俺もなんか疲れたし、ゆっくり休もう、な?穂積」
「っ! ここで、呼ぶのはずるい。帰ったら速攻で抱く」
「俺はゆっくり休もうって言ったんだけど……」
「美琴は、俺が好き?」
俺の隣を歩きながら、狗神が少しだけ俺を見下ろした。
「………っ、それ、は、多分、……」
「多分?」
「っ、す、好きだと、おも、う……けど」
なんて言うか、全部流れで、俺もこの感情が依存なのか好意なのかがはっきりしなくて、でも多分、本当に多分、好きなんだと思う。
「……穂積は、俺でいいのか」
「は?美琴以外はみんな玉ねぎとにらだ」
「それお前の嫌いな野菜じゃん…………………」
「美琴以外は基本どうでもいいからな、俺は」
やっぱりちょっと重い。愛情が。
「とにかく、帰って、ゆっくりしよう。狗神も疲れただろ?」
「名前」
「―――――穂積も、疲れただろ」
「うん。疲れた」
ずっしりと抱き着いてくる重みも、狗神の甘い言葉も、与えられる快楽も、きっと俺には全部毒のようなもので、でも、抜け出せないその毒に、俺はこれからも浸かっていくのだろうと、思った。
解毒剤を下さい! ―了―
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