1 / 6

第1話

湖のほとりの近くにある小屋には、誰も近づかない。 元々湖が自殺スポットということもあるが、原因は俺自身にあった。 日向翠──……有名企業の御曹司である俺が出入りするとなると、目を付けられるとまずいってことらしい。 (……そんなこと、するかっつーの) 少なくとも俺は優しい方だ、横暴で身勝手な父親と違って。 けど元々の目付きの悪さと地位により俺に近づく人なんていないし、人生生きてきて17年……生憎友達は一人もいない。 こう見えて寂しがりやなのは自分でも分かっている。 昼御飯は一人で食べるのが嫌だから執事と食べるし、執事に連れションしてもらうし、執事と一緒に帰るし……。 ……とりあえず俺にとって執事はかけがえの無い人。 依存しているみたいだが、昔から面倒を見ている為俺は大好きだった。 「翠お坊っちゃま。絵が完成しましたぞ」 「……うわぁ、凄い綺麗な蝶々。 やっぱり執事さんの絵は世界一だよ」 「お坊っちゃまに褒めていただけるのは光栄です。 やはり、こうして見ていただける人がいるのは……いいことですなぁ」 そんな湖のほとりの近くにある小屋は、執事専用のアトリエだった。 執事は昔宮廷画家だった経験もあり、繊細な絵のタッチとリアリティさは目を見張る所がある。 昔からその絵だけを見つめてきた俺にとって、執事の絵を描いている姿を見るのは、生き甲斐といっても過言ではない。 とくに執事の絵の特徴と言えば鮮やかな色使い。 見てるだけで楽しくなるし、この瞳がまだ色を捉えることが出来る今だからこそこうして感じることができるのだ。 俺がいくら努力しても、辿り着けない距離にいる。 このアトリエで、間近で執事の絵を独り占めできるのは、俺だけの特権。 だからこそ執事の生涯最後の絵を、間近で見ようと思う。 「お坊っちゃまがいるときだけこの絵を描きますが、悲しくて思うように筆が動きませんな」 「……俺は絶対に、この絵が大好きになるよ。 例え描きかけでも、執事が描いてくれたものなら絶対に大好きになる」 執事といってももう70歳手前になろうとしている彼は、この絵を描き終えた後退職をする。 絵も描かず、俺のようなお金持ちの人間とは関わらない、静かな暮らしをする。 邪魔はしてはいけない。 だから執事は、最後の絵を描くときは俺にずっと見ていてほしいって言った。 執事の人生最後の絵のモデルは、俺だった。 「お坊っちゃまは、とても優しい心をお持ちの方です。 きっとこの絵は生涯描いた中でも、色鮮やかなものになる」 「俺も執事と出会えてよかったよ。 そしてこの絵と巡り会わせてくれて、本当にありがとう」 アトリエで、二人で笑い合う。 絵の中の俺も、にっこり笑っていた。 その手には色とりどりの花が咲き誇っていて、美しい。 その中には俺が愛した花、【スターゲイザーリリー】もある。 「スターゲイザーリリーの花言葉は『ひたむき』。 お坊っちゃまにぴったりの花です」 昔執事にそう言われ、俺は庭にスターゲイザーリリーをたくさん咲かせた。 美しいピンク色で咲き誇る庭とこの絵が、執事と俺自身が残す思い出の宝物となる。 好き、この鮮やかなピンク色と、執事がキャンバスに乗せる全ての色が好き。 世界から色が失われた時、どんなに悲しいだろうか。 いや、絶対にそんなことはさせない。 この目だけは、俺を裏切ることは許さない──……絶対に。 けど現実はは必然的に───……その運命をいとも簡単にねじまけてしまう。 俺の意見を聞かずに、無理矢理、汚いその手で。

ともだちにシェアしよう!