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第2話

*─*─* 「父上、何か御用でしょうか」 「用があるも無いも、お前のこれからについての重要なことだ。 座りなさい」 その夜、俺はお父さんに呼び出された。 俺自身お父さんは苦手であまり関わりたくないため、自然と背が伸び、固まってしまう。 何しろ横暴で厳しい方だ、これからについての重要なことならば、きつく物を言うに違いない。 椅子に座って何を言われるかじっと考える。 会社のことか? 進路のことか? それとも……。 ぐるぐる考え込んでいたもののお父さんは単刀直入に俺の前に何かを差し出す。 そして単刀直入に「飲め」と俺に命令をするのだ。 俺は静かに受け取り、手のひらに乗ったそれをじっと見つめる。 【PΣ- DΩ】。 そう書かれたカプセルでありかなり不審である。 飲む前に俺はこれが何の薬か聞いた。 「お前は今までフェロモン抑制剤を用いて生活していただろう。 しかし日向の跡取りにΩは、いらんのだ。 好きでもない男の子供を孕むよりかは自ずとβになる方が良い。 それが叶えられる薬を、秘密裏で手に入れた」 そう言われ俺は、Ωの中で噂になっているある薬のことを思い出した。 とある研究者が作った薬、【PANDORA Σ- DEAD Ω】。 ──通称【パンドラ】。 発情も妊娠も不可能にできる、Ωにとって最高の薬──……。 Ωである俺が知っているのは必然的。 一度は欲しいと願い開発者を探していたが、強力なフェロモン抑制剤である故に副作用も物凄いのである。 それは、色覚異常……すなわち、この世界から色が消える。 「開発者と掛け合ってな、ついに手に入れたのだ。 お前だって欲しがっていただろう。 高額ゆえ少しは躊躇ったがプレゼントだ。 さあ、飲みなさい」 パンドラ1個の金額は、俺も知っていた。 0歳から13歳までは3000万 13歳から16歳までは5000万。 そして俺、17歳からは……1億、そりゃ、躊躇うに決まってる。 だけど 『お坊っちゃまは、とても優しい心をお持ちの方です。 きっとこの絵は生涯描いた中でも、色鮮やかなものになる』 俺はβになるよりも、この薬を飲むよりも、執事の描き上げる生涯最後の絵の色を見れない方がずっとずっと酷だった。 自分で一生懸命育てたスターゲイザーリリーの庭の鮮やかなピンク色を見れなくなる方が、嫌で嫌で……死んでしまいそう。 神様、俺はどうしたらよいのでしょう。 この薬を飲むべきか、はたまた飲まないべきか。 お父さんとかつての俺の望みを叶えるか、執事との約束……『絶対に完成した絵の色を見る』のを果たすか。 2つに1つ。 「どうした、何を迷っている」 ついに痺れを切らしたのか、父の声も低くなっていった。 それが怖くて、恐ろしくて、俺は喉から出る「嫌」という言葉を抑えてしまう。 俺は自ずと、飲まないという選択肢を選んでいたのかもしれない。 けど1億……高額な金額に俺もくらくらして、優柔不断に陥る。 「ああ、副作用を気にしているのか? 大丈夫だ。お前には補佐を付ける。 Ωが蔑まれる社会だ。これを飲めば俺も気兼ねなくお前を紹介できる」 得るものは大きい、だが、減るものも大きい。 俺はどうすれば……そう思った時、父は俺の耳元でこう囁いた。 それは悪魔の一言だった。 「執事の絵が、お前を惑わせているのか? そうだろう、きっとそうに違いない。 なんなら今すぐにでもあのアトリエを壊し、 迂闊に近寄れないようにお前を縛り付けてやろうか」 唇と、肩と脚が震え、俺は流れのままにそのまま薬を口に放り込んだ。 それをお父さんは見逃さず、強引に水を飲ませる。 部屋に聞こえるのは俺の水を飲む喉の音と、大量に溢れた涙による水音。 涙は腕に手に幾度にも落ちていき、そして肌を伝い、絨毯を濡らす。 (ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………) 約束は、破られた。 そしてぐったりと椅子にもたれ掛かった俺は、ショックにより意識を飛ばした。 最後に思うのは、穏やかに笑う執事の顔。 それがあまりにも残酷で、陥れたようで、辛かったのだ。

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