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第3話

*─*─* 『色覚異常が起きているだろう。学校は休みにしておいたから、ゆっくり休みなさい』 父親からそう送られてきたメッセージを見て、壁にスマホをぶん投げる。 そのまま息を切らし俺は倒れこむようにベッドに寝っ転がった。 ……見えない。 色が見えない、白と黒と灰色ばっかり……俺は…………。 思い詰めるとまた涙が溢れて、シーツを濡らしていく。 淡いオレンジ色で気に入っていたカーテンも、虚ろな白一色で飾られている。 モスグリーンでかっこいいって評判だった制服も、黒い……元々の色を忘れてしまいそう。 そして俺の気に入っていたスターゲイザーリリーの庭は、窓から覗くと淡い灰色。面影すら皆無。 執事のアトリエにある絵のことを考えると辛くなり、アトリエにすら行きたくなくなった。 「失礼します」 部屋に、誰かが入ってきたのは分かる。 しかし興味が湧かない。 聞いたことが無い声だからきっと新しい使用人だろう。 きっと掃除だ、掃除に違いない。 「新しく執事に任命されました、相川と申します。 挨拶のため、翠様の部屋へ参りました」 ……凍りついた。 考えるよりも先に身体が動いていた。 「須田は……須田はどこだ!!! お前……須田の代わりとか言うんじゃ無いだろうな!!!」 肩を掴み、息を切らし、叫ぶように求めるように相川にそう言うと、相川は落ち着いたようにこう告げる。 「落ち着いてください、翠様。 確かに私は代わりではありますが前任の執事である須田の孫です」 「え……孫?」 「そうです。おじいさ……須田が退職し新しく執事に任命される人は、元々私だったんです。退職が早まっただけなんです。だから落ち着いてください」 色が無くても相川の目鼻立ちは、確かに執事にそっくりでまたぼろぼろと涙が溢れた。 相川は事情を知っているのか、俺が泣いても何も言わずそっとしてくれる。 「須田は……お父さんが無理矢理解雇したのか?」 「……そうみたいです。 私もこれは予想外で……」 「……そんな」 ふと相川の隣のワゴンを見ると、皿に乗ったフレンチトーストがあった。 朝食だろう、さっきスマホを見たとき確か9時位だった気がする。 食べなきゃお父さんが相川に責めるだろうし、心配されるのも今の状況でも嫌だった。 それに須田の血が通う相川なら、安心できる気がした。 俺と相川は、食事を食べるホールへと移動する。 相川が作ってくれたフレンチトーストは色はなかったものの、お爺ちゃん譲りの感性かたくさんの種類のフルーツが乗せてあって、なぜかそれだけで胸が締め付けられた。 きっと色が見えていたら、鮮やかな色で見るだけでも楽しめたんだろうに。 灰色のフレンチトーストを食べる姿を、相川はじっと見つめていた。 そしてこう心に誓うのだ。 (お爺さん……翠様は、必ず俺が守ってみせます) (お爺さんの絵を唯一愛してくれた翠様を救ってみせます) 相川の手には、須田からの手紙が握られていた。 部屋に戻り翠は、改めて部屋を見渡す。 白、黒、灰色……目を擦っても、凝らしても、何も変わらない。 「相川、この服は何色だ?」 「これは紺ですよ。 そちらの服は青色です」 限られた色覚を使って、色を見いだそうとしていた。 しかし、一向に色を覚えることが出来ず、漠然とした不安が襲ってくる。 相川が言っていた赤もピンクもオレンジも、全て同じ色のような気がしてくる。 青と紺の見分けがつかない。 いやそもそも俺の感覚は……最初から違っていたんじゃないのか。 全身が震え相川に寄り添ってもらうも、後ろから忍び寄るのは、絶望しかない。 そんな俺に相川は、こんなことを言うのだ。 「翠様、実は色が見える可能性がある方法が、1つだけあります」 それは約束を果たすための、たった1つ手探りで探し求めていた方法だった。

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