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第4話
「これを見てください」
そう言って相川から手渡された便箋には、面影のある筆跡で、「翠お坊っちゃまへ」と書かれてあった。
執事からだと思い丁寧に素早く封を開き、中身を確かめると、また再び涙が溢れた。
何回目の涙なのだろうか。
──────────
翠お坊っちゃまへ
ご主人様がパンドラの購入を開発者に迫っていることは、実はかなり前から知っておりました。
それを知っていながらこのような結果になったことは、謝らなければいけません。
私の絵が無ければ躊躇いもなく薬を飲み、こんなにも悲しむことはなかったでしょうに。
しかし、約束を果たしたいというお坊っちゃまの願いをずっと側で見てきました。
そして私も完成する絵をお坊っちゃまに見ていただけないのは惜しい。
だからこの下の内容は絶対に、見つかってはならない。
パンドラ以上の、秘密裏の方法なのですから。
実は私が宮廷画家をしていた時、そのお城には一人の若い日本人医師がおりました。
その方こそが、パンドラの開発者です。
研究者もこなしながらも彼は医者です。
もしかしたらその方を頼れば、その色覚異常を治せる方法が見つかるかもしれない。
なんせ彼は今、眼科医ですから。
名前は、品川湊。
品川病院の跡取りです。
昨晩話はつけてきました。
今から行っても、事情は分かってくれるでしょう。
色覚異常が治りになったら、アトリエにぜひいらしてください。
生涯最後の絵を、飾っておきます。
──────────
「品川湊は……かなりひねくれた方ですがきっと力になれます。
翠様、お車を手配するので品川病院へ行かれてみませんか?」
相川がそう言わなくても、自分の中で答えは決まっており、すぐ口に出す。
ぐっと手のひらを握りしめ、心の中は希望に満ちていた。
治してやる……。
絶対に約束を守るんだ……!
「相川、すぐに車の手配と支度だ。
父さんが帰る前にすぐに向かおう」
「!……承知いたしました!
お支度、手伝わせていただきます!」
色覚異常の為着替えは相川に頼り、出来るだけ必要なものを鞄に詰め込み、俺は手配した車へ乗り込む。
本来ならば運転手がいるのだが、品川さんに会いに行くのは秘密なので相川に運転をしてもらう。
お話がしたいと思い助手席に乗せて貰い、他の使用人には気晴らしに出掛けると伝えておく。
車の窓からは、美しい……灰色のスターゲイザーリリーが覗く。
エンジンの音が鳴り響くとすぐに俺は目を逸らし、目の前の希望だけを見据えていた。
「相川の下の名前って……?」
「伝えていませんでしたね。『泉』です。
相川泉」
「そうなんだ……泉って呼んでいい?」
「もちろん構いませんよ。
翠様が好きなようになさってください」
品川病院は屋敷から一時間かかるため、暇潰しに話を泉と交わすと、意外なことが分かってきた。
泉はまだ若く22歳なこと。
お爺さん……須田とはかなり仲が良く尊敬していること。
こう見えて激辛ラーメンが好きだったりすること。
今から向かう品川さんとは昔から遊んで貰っていること。
「品川さんってどんな人なんですか?」
「……俺様でドSで鬼畜って所でしょうか?
頭はすごくいい人なんですよ、海外の一流大学に首席で通ったりして」
「性格が残念ってことなんですね……」
時刻は12時。
お昼休憩としてレストランで食事を提案されるも、俺はコンビニがいいと言った。
泉からは疑問に思われたのだが庶民的な食事を食べてみたくて、安価で手が出せそうなサンドウィッチを一口ぱくり。
「………おいしい!色が見えないのは残念だけど……」
「サンドウィッチといっても挟んであるのはツナなので同系色ですよ。
けどコンビニに行かれたことが無いのは珍しいですね……」
「食事は作ってもらえたし、あんまり行く機会が無かったらつい……。
でも、200円でこの美味しさはすごい……!」
こうして昼御飯を満喫し不安も薄れてきた頃、病院らしき大きな建物が見えてくる。
「着きましたよ、品川病院です」
思っていたよりも大きく、総合病院らしい。
ガラス張りの美しい外観は清潔感があり、思わず背が伸びた。
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