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 大学の校舎裏にある楓の木に背を預け、高畠(たかはた) 俊平(しゅんぺい)は書物に目を落としていた。   初夏の眩しい日差しが、緑の葉に遮られ涼し気な影を紙の上に落としている。  一息つこうと、俊平はメモ用紙を栞代わりに挟むと静かに本を閉じた。 「君! 萩原朔太郎が好きなのか?」  突然声がかかったことで、俊平はビクリと体を震わせ、恐る恐る声のした方へと視線を向ける。  俊平と同じ黒の詰め襟の制服に身を包み、学帽を被った男が驚いた表情で佇んでいた。 「月に吠える、だろ? よく、その本を手に入れたな。古書店なんかじゃ、簡単には手が出せないほどの高値で売られているのに」  興奮気味で語る知らない男に、俊平はたじろいでしまう。 「ごめん。驚かせるつもりはなかった」  俊平の様子にようやく気づいたのか、困った顔で口元を緩く上げた。  それでも、視線は手元にある書物に向けられていて、よっぽど気になっているようだ。 「……よかったら、読みますか?」  俊平は持っていた書物を、そっと男に差し出す。そんな顔で見られてしまっては、貸さないわけにはいかないだろう。 「でも、まだ君も読んでいる途中だろ?」  目を瞬かせ、男は驚いたような表情を向けてくる。  言葉とは裏腹に、男はどうにも落ち着かない様子だ。  少しおかしくなって俊平は小さく笑った。こんなにも、物欲しそうな目で書物を欲する人に出会ったことがない。 「構いませんよ」 「それなら……」  男が俊平の隣に腰を下ろす。突然のことに俊平は、驚いた視線を男に向けた。  男らしくも綺麗に整った顔がすぐ近くにあり、俊平の心臓が早鐘を打つ。 「僕は村坂(むらさか) 敏彦(としひこ)だ。今年で二十三になる。君は?」 「……高畠 俊平です。二十二になります」  突然の自己紹介に呆気に取られつつ、俊平も簡単に名乗った。 「そうか。年が近いうえに、君とは嗜好が合いそうだな」  優しげに微笑んだ顔が、爽やかな初夏の風によく似合う。  その日以来、俊平と敏彦は何度もこの木の下で待ち合わせをしては、書物の話を交わしあった。

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