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第5話 英文学科

 ――たまには友達と、なんて。  普通の親だったらそう思うのだろうけれど。優希のような“普通じゃない子ども”からしてみれば、突き放されてしまったように感じてしまう。  ずっと一緒にいたい。本当は仕事や学校なんていう常識を捨て、親と子という関係も捨て、ただ愛しあいたい。けれど、そんなこと叶わないということを知っているから、せめて一緒にいられる時はそばにいたい。 「友達なんていらない。僕が欲しいのは……父さんだけなのに」  クローゼットから適当な服を選ぶ。ダークグレーのTシャツに赤いロング丈のネルシャツを羽織って、細身のジーンズを合わせる。これでいいだろう。適当なくらいが目立たなくてちょうどいい。  机の上に投げ出していたリュックに、今日必要な教科書を投げ入れて肩にかければ、準備は万端だ。 「……眠い」  少し重いまぶたをこすって、優希は部屋を出た。 「じゃあ、行ってきます!」  時臣の前では元気な顔をしていたい。優希は無意識に笑顔を作って、靴を引っ掛けながら玄関から飛び出していく。その背中を見て、時臣は複雑な思いのこもった笑顔を浮かべていた。 「ああ、気をつけて……な」  優希を見送った後、洗い物を始めた時臣は、広い家に一人きりになった途端に、顔色が悪くなった。 「……このままでいいのか……本当に」  苦い思いが時臣の心に影を落とす。その原因は、息子である優希のことだった。  英文学を専攻する優希は、電子辞書を駆使して苦手な文法の授業を受けていた。 英語を話したり、書いたりするのは割とできる方だと思うのだが、複雑なパズルのような英文法に苦戦していた。 (こんなの、必要なのかな……英語を喋るのに、こんな難しいこと考えないのに)  なんとなくつるんでいる仲間たちは、つまらない授業のせいでぐっすり眠っている。  ため息をついていると、ふと視線を感じて振り返った。 「……あ」  少し離れた席に座っている女子が、優希のことをじっと見つめていて、バッチリと目があってしまった。  優しげで穏やかな雰囲気をまとい、見た目も申し分ない優希は、こんな風に女子から好意を持たれることが多かった。  熱い視線を優希に気付かれ、ばつが悪そうに目をそらす姿は、どこか昔の優希に似ていた。時臣への恋心に気付いた頃の、高校生だった自分のようだ。  目があうだけでドキドキして、話しかけられただけで心臓が破裂しそうになる。  あの女子もきっと、そういう気持ちだったのだろう。  女性に興味がない優希だが、なんとなく彼女を過去の自分と重ねて、思わず微笑んでしまった。  勘違いされては困るので、普段はそんなことをしないのに。  ――ゴメンね。僕にはもう好きな人がいるんだ。  心の中でそう呟いて、優希はまた机の上に広がる複雑な例文に目を通し始めた。

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