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第4話 朝寝坊

「はぁっ……はぁっ……」  ――虚しい。なんて虚しいんだ。  優希は荒く息をしながら涙を流し続けた。  ベンチは涙と精液ですっかり汚れてしまっている。泣いている場合じゃない。きれいに掃除をして、何事もなかったようにしなければ。  分かっているが、ディルドを咥え込んだままの状態から身動きが取れなかった。快楽が尾をひいて、細い太ももが小刻みに痙攣している。 「ふ、ぅッ……!」  これだけ淫らなことをしておいて、朝がきたら笑顔で父に「おはよう」と言うのだ。  壊れているとしか思えない。でも、この想いは止められない。 「愛してるんだ……父さん……」  切なく吐き出した言葉は、ただただ無機質な部屋に響くだけだった。 ***  翌朝、優希は父に起こされた。ノックの音がして、「おーい、優希。今日は一限からじゃなかったか?」と声をかけられる。のそのそと起き上がって時計を見れば、時計の針は七時五十分を指していた。もうすでに遅刻確定の時間だ。 「……嘘っ!」  起き抜けでぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。Tシャツにスウェット姿の優希は慌てて部屋から飛び出した。その瞬間、時臣の厚い胸板に激突する。 「わっ……!」 「おはよう、優希。ひどい寝癖だな」  優希がぶつかったくらいではビクともしない時臣は、青いエプロンを身につけていた。優希に代わって朝食を作ってくれたのだろう。この匂いから察するに、きっとメニューはトーストとスクランブルエッグ。飲み物はコーヒーだ。シンプルないい香りが鼻腔をくすぐり、お腹が鳴ってしまいそうになる。 「うん、おはよう……って! のんびりしてる場合じゃないんだった!」 「お前が寝坊するなんて珍しいな。でも、朝飯はちゃんと食べていくんだぞ?」 「分かってるー!」  笑いながら言う時臣の横をすり抜け、優希は急いで階段を駆け下りた。洗面台で顔を洗って、くしゃくしゃになっている髪をワックスで整える。  いつもは優希の方が時臣より先に起き、朝食を作ったり洗濯をしたりするのに、今日はすっかり寝坊してしまった。夜遅くまで、トレーニングルームの後片付けをしていたせいだ。寝不足の優希はその事実を振り払うかのようにかぶりを振って、朝食が用意されたテーブルについた。 「いただきます!」 「優希。父さんは今夜遅くなるから、夕飯は好きなものを食べてきなさい。これは食事代だ」 「……うん、分かった。遅くなるって、仕事?」 「ああ。飛田(とびた)くんの予定が夜しか空いてないっていうんだ」  もぐもぐと、少し冷めてしまった朝食を頬張りながら、優希は時臣の話を聞いていた。『飛田くん』とは、時臣の担当編集者で、まだ若いが仕事への情熱は人一倍という、最近では珍しいタイプの人物だ。時々この家でミーティングをするので、飛田のことは優希もよく知っている。いつも真っ直ぐでパワフルな飛田は、嫌いではなかった。 「そっか。じゃあ今夜は友達とご飯に行ってくるよ」  本当は友達なんかより、時臣とご飯を食べたかったけれど、仕事なら仕方がない。優希は普段、大学の授業が終わってすぐに夕飯の買い出しに行く。夕飯の支度は優希の仕事なのだ。一日中、書斎にこもって原稿を書いている時臣のために、栄養たっぷりの夕飯を作る。いつの間にか、自然とそうなっていた。  スクランブルエッグを食べ終えた優希に、時臣は小さく声をかけた。 「……たまには友達と遊びに行ってもいいんだぞ。父さんの晩飯の心配なんか、しなくていいんだからな」 「またそんなこと言って。放っといたらカップラーメンばっかり食べるんでしょ? ダメだからね、そんなことしちゃ」  着替えてくると言って、優希は部屋へと急いで戻っていく。  残された時臣は、空っぽになった皿を見つめてため息をついた。

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