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第1話

(しばらく樋口(ひぐち)さんからメールの返信が来ないんだよな) ふたりのやり取りは主にメールなのだが、男女交際を始めたばかりの女子中学生みたいな寂しさから、敏樹(としき)は時間を見計らって樋口に電話を掛けた。しばらくの呼び出し音の後、ぷちっ、と通話モードになり。 「あっ、樋口さん?」 無事に繋がったのが嬉しくて、敏樹は明るく名前を呼んだ。 「突然すいません。この頃樋口さんって忙しいんですか? でも俺、もうそろそろ逢えないかな、って期待してるんですけど……」 笑いながら語り掛ける敏樹の耳に、樋口とは違う声が飛び込んで来た。 「……あのぅ、どちら様でしょうか?」 心臓が高鳴って。思わず敏樹は電話を切った。 (……若い、女のひとの、声だった) 敏樹は時計をちらりと見た。もう樋口は仕事終わりの時間だよな。勤めてる中古車店も閉まってる時間だろうし。 ぐるぐると不安や疑問が渦巻くが……もう敏樹の自分勝手な思い込みで、樋口との恋愛から逃げるのは嫌だ。 ぎゅっと目を(つむ)ると、大きく息を吸って。敏樹はまたスマートフォンのボタンを押す。 「もしもし?」 電話に出たのは、さっきと同じ声の女性だった。 「こちらは、樋口、保さんの、お電話でしょうか?」 自分自身を落ち着かせるように、ゆっくりと問い掛ける。だがそのせいで、奇妙な勧誘の電話みたくなってしまった。 「そうですが……どちら様ですか?」 不審げな声で問われる。しまった、どう説明すればいいだろう? 恋人、なんて樋口と敏樹の関係を正直に言うわけにもいかないし。 「自分は、高塚と申します。樋口さんとは……知人、いや、友達で」 あたふたと喋る敏樹をさらに怪訝に思ったのか、電話向こうの女性は黙り込む。すると、「どうかしたの?」という声が入ってきて、敏樹の通話相手が男性に変わった。 「こちらはカーセンター・タカラの者ですが」 その会社名は聞いた事がある。確か樋口の勤務先だ。 「樋口(たもつ)さんのお知り合いの方でしょうか?」 「はい……そうですけど」 さっきの女性も、樋口の同僚だったのか。それなら余計に「恋人です」なんて言わないでよかった。けれど何故職場の人が電話に出たのだろう? 仕事場にスマートフォン忘れたのかな。あのひとは結構ドジな所があるから。 「申し訳ありません」 ほっとした敏樹に、いきなり男性は謝ってきた。そして真面目な口調で言葉を続ける。 「樋口さんは一昨日、勤務中にこちらの不注意から身体を負傷致しまして……現在、店舗付近の病院に入院しているのですが」 電話の向こうから聞こえてきた丁寧な言葉に、さっきより大きく敏樹の心臓は高鳴った。

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