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第2話

敏樹は、稲盛(いなもり)、と名乗った樋口の職場の人間に病院の住所を訊くと、着替えもせず上着を羽織り、財布をポケットに突っ込むと、マンションの外に飛び出してタクシーを呼んだ。 (ちゃんとタクシー代分の現金、入ってたよな?) そんな事を心配して、財布の中を確認し、ちゃんと入っていたのでほっとしたのも、タクシーに乗り、行き先を告げてからだった。それ位に混乱していた。 頭を打った訳ではないので、樋口は会話は普通に出来るという。でも、入院する程の怪我なんて……もしも障害が残ったら? 自動車整備士の樋口が仕事を続けるのは、難しいのではないか? (まぁ、ここで俺がごちゃごちゃ心配しても、仕方ないけど) タクシーが病院に着いて。あたふたと料金を支払うと。病院内に入るときは、慌てるというより、緊張したが。思い切って看護師に樋口の名前を尋ねると、病室まで案内して貰った。そこまで広くない病棟で、夜間だからか人も少なく。それが敏樹の心を少し落ち着かせた。 病室前には、大柄で眼鏡を掛けた男性と、小柄な女性が立っていた。白衣も着ていないし、多分、あのふたりは……。 「あのっ、すみません。 自分、高塚敏樹(こうづかとしき)という者ですが」 男女が視線を交わすと、すっと一歩前に出てきた男性が敏樹と向き合う。 「樋口さんの知人の方ですね。自分は、稲盛と申します」 やはり敏樹と電話を交わした、樋口の職場の人間だった。 「はいっ、知人、といっても、親類なんかではないのですが……とにかく知り合いで」 困惑した自己紹介になってしまった。元々俊樹は人見知りする性格のため、仕事もwebデザイナーという、ひとりで進める業務に就いている。 「樋口さんから貴方のお話は伺っています。連絡が来た話をしたら、喜んでいましたよ」 男性のそんな言葉に、敏樹も嬉しくなったが。 (このひとに対して、樋口さんはどんな風に、俺の事を話したのだろう?) すると、病室から医者が出てきた。 「治療の疲れもあるのか、患者さんは現在眠っていますが……どうされますか?」 「私はそろそろ帰宅していいですか? 明日の業務もあるし」 小柄な女性が言うと、稲盛、と名乗った男性は応える。 「そうだね、久米谷(くめや)さん、最寄り駅までの電車は、まだあったよね?」 女性は時計を確認し、「はい」と頷いた。稲盛と名乗った男性は、疲れているのか、大きく伸びをすると、 「自分も帰ろうかな。明日も樋口さんの代理を探さないといけないし」 そう言うと、敏樹に向き合い、穏やかに問い掛けた。 「高塚さんは、どうされますか?」 「自分は……もう少し、樋口さんが目覚めるのを、待っていても良いですか?」 戸惑う敏樹に稲盛は優しそうな表情を見せる。 「大丈夫だと思いますよ。先程は面会も出来たし。もし心配なら、さっき居た担当医さんに訊いてみて下さい」 よかったな、職場に良いひとが居てくれて。樋口との関係の詮索もされなかったし。そう敏樹は安心したが。久米谷と呼ばれていた女性は帰り際に、ちらり、と敏樹に怪訝そうな視線を向けた。

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