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第7話
「すみませんでした、連絡もしないで」
久しぶりに見舞いに来た敏樹が謝ると、
「いや、きみだって忙しいんだろうし。もうだいぶ良くなってきているから」
そう樋口は微笑んだが。
「しばらくお見舞いに来なかったのは……自分が来なければ、妹さんが来られるんじゃないかと思って」
敏樹がそう言うと、しばらく沈黙が訪れた。敏樹が電話を立ち聞きしていたのも、薄々気づいていたのかな。
「……妹が来ないのは、電話できみの存在を伝えたからだよ」
カミングアウトした、って事か⁉︎ 驚いて言葉を失ったが、樋口は続ける。
「まだ『自分にはもう頼れる相手が傍に居る』としか言ってないけど……それなら安心出来る、なんて納得してくれた」
頼れる相手? それが敏樹、って事か? 疑問で黙る敏樹に、まだ樋口は言葉を続ける。
「きみと自分とが、将来もずっと一緒に居るためには……周囲の人達の理解も必要だろう? 今回の入院で、それをはっきりと感じたんだ……だから、稲盛さんには、話した。きみは自分の恋人だ、って真実を話した」
「カミングアウトした、って事ですか⁉︎」
思いがけない台詞に、敏樹が驚きを口にすると、樋口は申し訳なさそうに話す。
「きみと相談してからの方が良いか迷ったが……そうしたら、きみも自分も、ずっと逃げて隠れてしまうだろう? やはり動揺もしていたけど、きちんと受け入れてくれたよ」
家族にはまだ言えない事だが。まず信頼出来る職場の人間に話したのか。樋口も勇気を出したのだろう。敏樹とずっと一緒に居る為に。
敏樹は何も言えずに、ただ樋口の傍に寄って、その手をぎゅっと握った。
病院の外に出て駐車場を通り過ぎようとしたら、ちょうど車から降りた稲盛と久米谷の姿が見えた。足を止めた敏樹は、稲盛と目が合った。
「すまないが、先に入っていて。書類を持ってあとから行くから」
稲盛はそう久米谷に告げた。久米谷もすれ違いざま、ちらり、と敏樹に目をやったが、何も言わずに病院内へと入って行った。
一対一で向き合うと、稲盛から「どうも」と声を掛けてきた。以前より親しげな態度で。緊張はしたが、敏樹も挨拶を返す。
「樋口さんはお世辞抜きで良いひとで、仕事も出来るのに、なんでずっと独身なんだろう? って不思議だったんだけどさ」
世間話でもするように、稲盛は話し掛けてくる。
「その理由 は、すでに良いパートナーが、樋口さんの傍に居たからだったんだね」
そして、少しからかい交じりの笑顔を見せた。
今日は樋口の退院日だ。仕事は休みを取った敏樹は、昼間から病院へ向かった。
医師や看護師に礼を言って、杖をついて出てきた樋口の手を自然と握ると、樋口は驚きの表情を見せたが。
「これくらい平気でしょ? ひとりじゃ歩き難いんだし。それに、こうして樋口さんの手を握るひとは自分以外には居ない、なんて言ってたじゃないですか」
そんなわがままと一緒に敏樹が笑うと、樋口も笑った。
樋口が「このひとが自分の傍に居る人間です」と敏樹を指して言ってくれているのだから。それを誇りに思わないと。そして、樋口の傍に居るべき人間、になるには。いつでも傍に居てもいいのか? なんて下らない悩みを、もう抱かない。
そう決意した敏樹は、樋口と手を重ねて、また一歩を踏み出した。
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