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第82話

「ん?あぁ、大丈夫…今から家出るから」 そう言いつつシャツの袖に手を通す。 心配そうな声が電話越しに聞こえるから安心させるような言葉を掛けて電話を切った。 口を開いたカバンにスマホを突っ込んで部屋を出た。 安心……出来ねぇぞ、俺は… 自業自得だけどなと苦笑いする。 今日、紫乃達と約束していたサマーフェスティバルに行く予定だった。 ちゃんとそのために計画もちゃんと立てていた。 しかし、よくお世話になっているバイトの先輩に急遽バイトに出てほしいと言われていた。 それがサマーフェスティバルの前日で、前日はゆっくり休みたかったがまぁいいかと思い了承した。 それがいけなかった… バイトは夜に終わり、疲れた体でそのまま自室で気絶するように寝て寝過ごした。 予定の電車はもう乗れないから次のにするか。 少し遅れる事を言ったら紫乃が心配そうに聞いてきた。 俺は大丈夫だから、なんなら先に行ってていいからと言うと紫乃は待つと言ってくれた。 始は話していないからよく分からないが、紫乃のために俺は急いで準備をする。 洗面所で寝癖を直してまた自室に向かいカバンを手にして部屋を出た。 階段を降りると台所に立つ母とテレビを見る妹がいた。 萌は本当に緋色が好きみたいで、俺が録った緋色のドラマを何度も見ている。 それを見て母は呆れた顔をしていた。 母としてはずっと家にいないで遊びに行きなさいという事なんだろう。 しかし萌によるといつも遊んでいる友人達は用事で遊べないそうだ。 「あら、優紀出掛けるの?」 「…あぁ、飯は食べてくるからいらない」 それだけいい家を出た。 紫乃達との待ち合わせ場所はサマーフェスティバルが開催される駅前だ。 そこから一緒にバスに向かう予定だ。 蝉の鳴き声と暑さで嫌になる。 視界が歪む。 駅前は夏休みだからかいつもより人が多く感じた。 田舎なのにこれはかなり珍しい。 それがサマーフェスティバルが行われる駅だったらと想像すると顔を青くする。 まぁ海の近くでやるみたいだから会場自体は少しは涼しいかもな。 混雑する電車の中に乗り込む。 うっ、さらに熱い。 ぎゅうぎゅうの車内が息苦しく感じる。 早く着かないかなと壁に寄りかかりそれだけを考える。 そして大勢が降りる群れに紛れて俺も降りた。 やっぱり想像以上に混雑しているな。 SNSで着いた事を知らせて駅前に向かう。 手を振る小さな姿と隣にいるメガネを見つけて手を振り返した。 「悪い、待たせた」 「いいよ、まだやらないし」 「もうちょっと遅くても良かったんだぞ、そしたら紫乃と一緒の時間が増えるのに」 「もう始は…昨日も会ったでしょ?」 二人は突然いちゃつき始めた。 まぁいつもの事だからいいけど、バスの時間いいのか? 俺が時計を見ると二人は今日の目的を思い出したのか苦笑いしていた。 そしてバスもかなり混んでいた。 行くだけでこんなに疲れるのは初めてだ。 飛鳥も来れば良かったのにと少し残念に思うが、飛鳥から空いてる日を聞いているからそれほど落ち込んではいない。 飛鳥とは二人っきりで会えるし……と、泊まりだって言ってたし…楽しみでしょうがない。 今日は友人達との遊びを満喫しよう。 ………と、言ってられないんだよな…これが… バスから降りるとぎゅうぎゅう詰めから解放されて紫乃は大きく背伸びをした。 「んー!海のかおりがするね!」 「そうだな、サマーフェスティバルまで時間あるし少し泳ぐか」 「賛成!優紀くんも早く行こ!」 「……あー、その…悪い」 「え?」 「俺、バイトが…」 「えぇ!?」 紫乃が目を丸くして驚いている。 本当に悪いと思っているんだ。 …でも、チケットが取れなかったんだ。 紫乃と始はちゃんと取れたみたいだが、俺はチケット争奪戦に負けた。 それで二人がいない間一人でボーッとしてるのも時間の無駄のように思えて、だった らサマーフェスティバルが終わるまでバイトしようと思って海の家でバイトをする事になっている。 紫乃達に説明するが紫乃は不満気な顔をしていた。 始は紫乃と二人っきりだからあまり気にしてない様子だった。 「ちゃんとサマーフェスティバルが終わる夕方で終わらすからさ!」 「…うー、じゃあ…優紀くんが僕の言う事一つ聞いてくれるならいいよ」 「あ、あぁ…」 突然そんな事を言うからつい頷くと紫乃は嬉しそうだった。 …まぁ紫乃だし、変なお願いはしないだろうからいいけどな…遅刻も俺が悪いし、逆らう気はない。

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