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第1―1話
羽鳥は校了明け、吉野から話があるとメールがあった。
吉野は今回は珍しくも締切りに3日早く入稿した。
羽鳥はそんな吉野を労うために、直ぐにでも食事を作りに行ってやりたかったが、こんな時に限って他の作家がデッド入稿になってしまった。
吉野とは10日近く会っていない。
だから吉野から連絡があった時は、思わず通常のポーカーフェイスを崩してニヤけてしまう程嬉しかった。
直ぐに家に行ってやるという羽鳥のメールに、吉野からはいつも打ち合わせで使うカフェで会いたいと返事がきた。
羽鳥がカフェに着くと吉野は既に来ていた。
「トリ!久しぶり!」
吉野がにっこり笑う。
久しぶりに会った吉野のかわいい笑顔にクラクラする。
羽鳥も普段の仏頂面もなんのその、自然と笑顔になったが、次の瞬間眉間に皺が寄った。
吉野の隣りに柳瀬がいたのだ。
柳瀬は全く羽鳥を見ようともせず、優雅にカップを口にしている。
羽鳥は不機嫌さを隠そうともせず、吉野と柳瀬の前にドカッと座った。
「で、話って何だ?」
羽鳥はオーダーしたブレンドを一口飲むと言った。
「あ、あのさ~今月クリスマスじゃん?」
吉野が歯切れ悪く話し出す。
「12月だからな。当然だろう」
「う、うん…。
それでさ、レギュラーのアシスタントの子達に、日頃のお礼に忘年会でもやらないかって提案したんだよ」
「は?」
クリスマスから忘年会に話が飛んで羽鳥が怪訝な顔をする。
「だから俺いっつも迷惑ばっかかけてるじゃん?
それでお礼に食事でもどうかなって…」
「それはいいと思うが…それとクリスマスと何の関係があるんだ?」
「…だから…えーと…」
吉野が言葉に詰まると、すかさず柳瀬が口を開く。
「だからアシの子達がそれなら忘年会をかねてクリスマスパーティやりたいって言い出したんだよ」
羽鳥が思わず目を見張る。
羽鳥と吉野は前々からクリスマスイヴは一緒に過ごそうと約束していたからだ。
「吉野、お前…」
「違う!違う!」
吉野が慌て羽鳥を見上げる。
「クリスマスパーティーは23日だから!
だから…」
羽鳥は吉野の話したいことに予想がついて、ビジネスバッグからスケジュール用の手帳を取り出す。
つまり吉野はイヴにも約束しているのに、前日の23日も羽鳥を誘いたいが、ハードワークの羽鳥を二日連続拘束するのは悪いと思っているのだろう。
羽鳥が手帳に視線を落とすと、柳瀬が可笑しくてたまらないというように笑い出した。
「お前さ~どんだけ自分に自信持ってんの?
千秋がお前に来てくれって一言でも言ったかよ」
「…なに?」
吉野はパッと俯いて、羽鳥から表情は見えない。
「アシスタントの子達は千秋と俺と5人でパーティーをやりたいんだよ。
お前はアシの子にしたら上司だろ?
そんなやつがいて楽しめるワケねーじゃん。
つーかお前がいてパーティーが盛り上がるとも思えねーしな」
羽鳥の眉間の皺が一層深くなる。
だが羽鳥も負けてはいない。
「俺は自分がアシスタントの上司だなんて考えたことも無い。
それに上司と言ったら実際のところ吉野じゃないのか?」
柳瀬がハッと笑って挑むように羽鳥を見る。
「確かに千秋は俺達の先生だ。
千秋の指示で俺達は動く」
「だったら…」
「だけどな」
柳瀬は一度言葉を切ると、真っ直ぐ羽鳥を見た。
「俺達は千秋の原稿が最高の仕上がりになるように最大限の力を注ぐ。
お前はその時なにしてる?
雑用して、せいぜい締切りを延ばすことぐらいしかできねーだろ?
そんなのお前じゃなくたって、他の編集だってできるよな。
ベタひとつ塗れないくせに、お前は千秋の原稿の完成に無関係なんだよ。
そんなやつが俺達制作仲間に混じってパーティー?
笑わせんな」
羽鳥の頭に殴られたような衝撃が走った。
「ゆ、優…」
吉野が泣きそうな顔をして柳瀬を見る。
柳瀬は先程の態度と打って変わって、やさしく微笑むと吉野の頭を撫でた。
「これで無神経の羽鳥にも伝わっただろ。
帰ろう」
柳瀬が吉野の肩を抱いて立ち上がる。
「でも…」
吉野がチラリと羽鳥を見る。
羽鳥は柳瀬をこれでもかと憎々しげに睨みつけていた。
吉野は何も言えなくなる。
柳瀬は伝票を掴むとさっさと会計を済ませ、吉野の手首を掴み
「あ、クリスマスパーティーつっても、実際はパジャマパーティーだから」
と言い放ち、吉野と二人カフェを出て行った。
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