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第5話

久しぶりにハジメに叱られた。 普通は不貞腐れ、ヘソを曲げるところだが今回は違う。自分に非があると充分に分かっているからだ。 「実況始める時にお前、やらないって言ったよな。約束守れないなら辞めちまえ」 ハジメはこちらを見ようともしない。 「悪かった。もう動画は消した。こんなことは二度とやらない。約束する」 俺は顔を上げることが出来なかった。 ハジメの足音が聞こえる。しかしそれは次第に小さくなっていった。どうやら外へ出て行ったようだ。 ゲーム実況を始める前に2人で決めた約束事が3つあった。 生活を疎かにしないこと 過激な発言をしないこと 個人情報を漏らさないこと 最近動画の伸びが頭打ちになった。俺の様に流行りのゲームを大袈裟なリアクションで実況するスタイルは周りと被りやすい。 悩んだ末、実写動画に手を出した。しかし顔全体を出すのはマズイと思い、マスクをした。 初めて上げた実写動画は好評で、いつもよりも多くの再生回数とコメントがついた。 『思ったよりカズがかっこいい』 『マスクを取った顔も見たい』 そんな反応が多く、俺も悪い気分じゃなかった。 しかし約束は約束だ。俺はそれを破った。 俺は立ち上がり、玄関に向かう。外で頭を冷やしているハジメに謝らなければいけない。 ドアを開けると冷たい風が首元を掠めた。思わず身震いする。 あいつは寒がっていないだろうか。コートハンガーに掛けてあるジャケットを持ち、外へ出た。 ───────────────────── 空には重々しい雲が広がっていた。風は次第に強くなっている。 アパートのすぐ近くに設置された自動販売機の横にハジメが立っていた。身を縮め、鼻を赤くしている。 俺は駆け寄った。謝らなければ、そう分かっているのに声が上手く出せない。喉の奥に泥がへばりついている様だ。 「…ハジメ。約束破ってごめん」 声が裏返った。普段なら絶対にあり得ないのに。 「僕もさっきは言い過ぎた。お前のことが……心配で」 そう言いって咳払いした。 「もし悪い奴に身元を特定されたらどうしようって不安になった。カズ、目元だけなら平気って思っただろ」 俺は頷く。 「お前の目元のホクロや耳の形で特定しようとする奴はいるんだよ。それくらいカズは人気者なんだ」 俺は事を甘く見ていた。そして眼先のことしか考えていなかった。 それなのにハジメは俺のことを本気で心配し、叱ってくれたのだ。 「ハジメ、ありがとう」 今度はしっかり言えた。喉にあった泥が無くなったような気がした。 ジャケットをハジメの肩にかける。手を握るとすっかり冷たくなっていた。 すると自分の体が前に傾いた。俺とハジメの口が触れ合う。 「これでおあいこだ。いつまでも泣きそうな顔するなよ」 ハジメがアパートに向かう。強めの風が吹き、彼の髪がなびく。ちらりと見えた耳は真っ赤に染まっていた。

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