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バレンタインデー・ラブトラブル:まさかの噂話!?

 次の日の昼休み、いつものように自分の席で読書をしていた。吉川との関係を誰にも悟られないようにすべく、人の目があるときは極力距離を置いている。そんな僕のワガママを吉川は渋々聞いてくれているものの、ちゃっかりうちのクラスに現れては淳くんと喋りつつ、こっそり僕の手を握ったりと、さりげなく接触した。  先週に至っては、インフルエンザで一週間ほど吉川が学校を休んだため、まったく逢えていない。本当は昨日の放課後に逢いたかったのに、手作りチョコのせいで逢瀬は叶わなかった。 (たった一週間で吉川切れを起こしてる僕って、どんだけ夢中なんだか……)  読書を止めて吉川を捜しに行こうかなぁと、ぼんやりしながら考えていたときだった。 「ノリ、ちょっといいか?」    気がつけば吉川が傍にいて、早口でまくし立てるように言い放つなり、僕の右腕を強引に掴む。 (――明らかに不機嫌。これはもしかして、昨日の逢瀬ができなかったのが原因かな) 「あのね吉川、昨日はごめん」 「何に対して謝ってるんだよ」 「え――?」  それっきりむっつりと黙り込んでしまい、僕が聞いても無視したまま、どこかに連れて行かれた。 「残り15分か……。時間が経つのは早いな」  吉川が寂しげに、ぽつりと呟く。そこは普段は使われない第二倉庫と呼ばれている、学際関係の物をしまっているところだった。 「ここって普段は、鍵がかかってるところじゃなかったっけ?」 「ちょっとしたクラスの用事で、今日一日だけ鍵を預かってるんだ。まさかノリと話をするのに、ここを使うとは思わなかったけどな」  言いながら手早く鍵を開けて、僕を促したあとに中に入る。 「昨日は大隅さんと、一緒に帰ったんだよな? 彼女の荷物持ちするのに、だっけ?」 「そうだよ。意外と大荷物になっちゃったからね」  誰かさんのせいで、とは言えないところがちょっとだけつらい。 「うちのクラスの女子が、おまえと大隅さんが有名製菓専門店で仲睦まじく買物してる姿を目撃したって、朝っぱらから噂してるのを聞いたんだ」 「そうなんだ。みんな、商品選びに夢中になってると思っていたのに、見られているものなんだね」 「ノリ……どうしておまえは、そんなに冷静でいられるワケ?」  吉川に信じられないといった表情で見つめられるせいで、どうしていいかわからなくなる。 (――さて困った。口下手な自分が説明すると、余計に事態をややこしくしてしまう恐れが十分にある) 「冷静ではないんだけど……。これでも内心、困ってしまっているっていうか」 「そりゃそうだよな。お互い頬を赤く染めて顔を寄せ合いながら、微笑んでいたらしいし。そんな噂話を恋人の俺が聞いてしまって、焦らずにはいられないよな」 「参ったな。あの場所でのやり取りまで、しっかりと見られていたなんて。誤解だから、それ」  僕が頭を抱えながら口走ると、吉川はオデコに目掛けてデコピンをした。 「いてっ!」 「まーったく! 俺に誤解されるようなことを、目の届かないところでしてんじゃねぇって」 「元はといえば、吉川が悪いんじゃないか。手作りチョコなんていう、高度な物を要求するもんだから、僕は頑張ってるんだぞ!」  デコピンされたオデコを恨めしげに擦りながら、つい本音を漏らしてしまった。頑張ってると言っても実際は簡単な作業で、アピールするまでもない。 「頑張ってるって、もしかしてノリ……。手作りチョコを作っているのか?」    さっきまでの怒りはどこへ――ビックリした顔の吉川が、僕をじっと見つめる。 「だって吉川が言ったんじゃないか。本命から手作りチョコを貰うから、他のコのチョコは受け取らないって」 「あー、悪い。実は、ちょっとしたワケがあってさ……」 「何だよ、それ!」  吉川は気まずそうに頭をポリポリ掻きながら、視線を僕からあさっての方に向ける。 「毎年お返しはお袋に頼んで、大量のクッキーを焼いてもらってたんだけど、今年は忙しいらしくて、事前に断られたんだ。それを回避すべく理由つけて、誰からも受け取らないことにしただけ……だったりして」 「何それ、何それ! 僕ってばそんな理由に、踊らされてしまったというのかい!?」 「まさかノリが俺のために、手作りチョコを作ってくれるなんて、夢にも思ってなかった。すっげぇ愛されてるなぁ」 (ガーン……。何か、はめられたような気がしてならない) 「んもう吉川ってば大事なことは、早く情報を教えてくれないかな。じゃないと淳くんや大隅さん経由で教えてもらったら、いろいろ巻き込んで、大変なことになるんだよ」 「でも今回は結果オーライだったし、別にいいじゃん」  吉川ってばデレデレしすぎ。喜んでもらえるのは嬉しいけど、その顔は正直戴けない。 「良くないよ。今日もチョコ作りに大隅さん家に行くから、放課後のデートができないんだよ」 「なっ!? 一週間ぶり以上なんだぞ、断れよぅ」 「大隅さんに頼んで教えてもらってるんだし、ダメだってば。今日中に終わらせられるように頑張るから、そこのところをガマンして」 「ガマンなんて無理! じゃあ今ここで――」  抱きついてきた吉川の目の前に、僕は無情な現実を突きつけた。 「この腕時計、見てみなよ。残り時間はもう10分切ってるんだ。始めちゃダメだからね」  それでも僕は吉川の広い背中に腕を回して、ぎゅっとする。久しぶりに嗅ぐ匂いに、渦巻いていた不安な気持ちとか諸々解けていき、見事になくなってしまった。  ここに連れて来られた理由は何であれ、吉川は僕を必ず見つけてくれる。逢いたいと思ったら、見つけ出して傍にいてくれた。それがとても嬉しいんだ。 「そんな顔するなよ……。ノリが欲しくなる」  吉川は艶めいた声で言いながら、僕のシャツを無理やり捲り上げる。 「ちょっ!? いきなり脱がすなって。ダメだよ」 「直に肌に触れるだけ。感じたいんだ、お前のぬくもり」 「もう、しょうがないな。変なことしないでね」 「ノリってば、優しいな」  優しいワケじゃない。ただ吉川の願いと僕の願いが、比例してるだけなんだ。 「……っ――ダメだってば、ソコは」 「んー、少しだけ」 「も……う、せっかく折りたたんだ理性を、簡単に開くなって」  堪らず首に腕を回して、吉川を自分に引き寄せる。 「理性を吹き飛ばしてるの、どこの誰だよ」 「しょうがないじゃないか。吉川が大隅さんにヤキモチなんて、無駄なことをするから」 「だって、さぁ」 「だって明後日、明々後日! 僕がこんなに夢中になってる吉川を、裏切るなんてしないよ、絶対に」  これ以上の文句が言えないように、その唇を塞いでやる。久しぶりに感じるぬくもりが、胸にじんと沁みた。限られた時間が、本当に口惜しい。 「きっと同じことを考えてるだろうな。残り時間、考えてたろ?」 「それだけじゃないよ。煌のことを愛おしいって思ってた」 「このタイミングで、それを言うのか。止まらなくなる」 「残された時間が短いからこそ、言ったんだけど。だって今日はもう、触れ合えないんだし」 「本当、自業自得だってわかってる。最後にもう一回、いい?」  僕が了承する前に、時間が惜しいといわんばかりに唇を重ねた吉川。脳裏に湯せんされたときのチョコの香りを思い出しながら、しっとりとしたキスを受ける。  タイムリミットぎりぎりまで、ふたりで甘い時間をすごしたのだった。

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