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(17) 話はちゃんと最後まで聞け!

なんで…… 俺は、この気持ちから あなたから逃げたいのに (あなたは残酷だ) 泣き顔は見られたくない。 うつむき、無言で、横を通り過ぎようとした……時。 逞しい(かいな)に抱きすくめられていた。 俺の体…… 「震えているのか」 指の腹が目尻をなぞった。 バレてしまった。 俺が泣いてる事。 舌先が涙の跡をそぅっと舐める。 「気分を害したのなら謝る。だが」 動いた唇を制したのは、俺だ。 「あなたに謝っていただく必要はありません」 無理矢理、腕をほどいて背を向けた直後。 「私から逃げるな!」 屈強な力が、強引に手首を掴む。 「痛いッ」 強固な力に悲鳴を上げたが、緩めてくれない。 「逃げても追うぞ。私はカマクラ幕府の執権だ。執権の権限を使えば、お前を軟禁する事もできる」 そんなの職権濫用だろう。 思わず……振り向いてしまった俺はバカだ。 彼と視線が交わってしまう。 「私を避けるな」 命令のくせに…… 懇願するような瞳で見つめられたら…… 俺、なにも言えない。 「私を避ける理由はなんだ?」 そんなの簡単だ。 (俺の嫉妬) 単純過ぎて、言えない。 言ったら負けな気がする。 俺にだってプライドがある。 「側室でなく正室をという事ならば、善処する。時間はかかるが」 「だから、それ!」 声を張り上げてしまった。 『側室』という言葉 もう、時政様から聞きたくない。 「俺に相談なんて必要ないだろッ」 俺は有力御家人じゃない。 そうだ。 元々、身分が違う。 時政様は、カマクラ幕府の筆頭で執権だ。 ……俺は、只の一右筆(ゆうひつ)に過ぎない。 最初から…… (分かってた筈なのに) 時政様のほんの気紛れに付き合ったに過ぎないんだ。 昨夜は……… でも。 もう。 結果は分かりきってるのに、(せき)を切ってしまった感情の濁流が止められない。 時政様は俺を信頼してくださっているから、相談してくれたのかも知れない。 だけど。 そんな信頼、要らない。 苦しいだけだ。 「正室でも側室でも勝手に娶ればいいだろ」 俺の気持ちも知らずに 「あなたなんか、大ッ嫌いだ!」 胸が(きし)む…… 音を立てて崩れていく…… これで、おしまい やっと終われる。 もうこれで、嫌な感情に囚われずに済む。 楽になれるんだ……………… 「……大嫌い?誰が誰をだ?もう一度言ってみろ」 「痛いッ」 掴まれた手首を吊るし上げられた。 低い声音が地鳴りのように、鼓膜に押し寄せる。 間近に闇色の瞳が迫る。 (怖い) ……彼の憤りに恐怖したんじゃない。 なんで、そんな目をするんだ…… 深い哀しみの淵に()ちた眼で、俺を映して…… (俺は時政様を傷つけた) ひどく傷つけた。 最悪だ。 今の俺は、最悪…… くだらない自尊心で、時政様を傷つけた自分を嫌悪する。 そんな自分にひどく(おび)える。 感情の濁流に飲まれてしまった自分を…… それなのに。 感情の渦を止める事が、まだできない。 もう終わりたいのに 「嫌うなど許さん。私から逃げるな。どうしても嫌うなら、逃げずに嫌え」 言ってる事が無茶苦茶だ。 「相談せず話を進めた事は()びる。だから今、相談しているだろう」 「いい加減にしてくれッ。俺には関係ない!」 「関係あるだろう!当人なのだから」 …………………………いま、なんて? (当人って………) どゆこと? 時政様が側室を迎える。 当人が俺 (そそそっ) それじゃあ★ まるで、俺が時政様の側室に入るみたいじゃないかー!!!

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