6 / 6
番外編:想い想われ振り振られ
俺、暮井 渋基(くれい じゅうき)は、この度、見事に失恋しました。相手は、高橋 壱夜(たかはし いちや)、同じサッカーチームに所属しているチームメイト。初めての出会いは、小学三年生。サッカーチームに入会すると、既にチームに所属していた壱夜と出会う。幼稚園の頃から、スクールに通っていた事を、後で知らされる。
もう、最初から望みはない事は判っていた。壱夜が零の事を好きなのは、見てれば判る。零とは、長谷川 零(はせがわ れい)、壱夜の幼馴染みにして家は隣同士。壱夜が零から片時も離れずに、付いて回っているのを見れば、誰だって気付く。
零の病気が発覚してから、零は良く壱夜に連れられて、チーム練習日に顔を出すことが多くなった。
「意味わかんねー、なんでそうなるんだよ」
「だって、俺そんなに激しく出来ないし、苦しくなる」
「そ、それはそうだけど」
練習の休憩の合間に、なにやら二人は練習場の隅に設置されているベンチに座り、言い合いをしている。今日はポジション別に練習してるので、自身のポジションでない時は休憩になっていた。
俺もキーパー練習が終わり、二人に近付けば、俺に気付いていない二人は会話を続けている。
「俺のこと、励ましてくれるんじゃなかったのか?」
「そ、そう言ったけど……」
なんの会話をしているんだ……、こいつらは。
「なに、揉めてんの、お前ら」
近寄った俺に気付いてない二人に、俺は思わず声を掛けてしまっていた。
「あ、渋基。俺、来週から入院決まった」
声を掛けると二人同時に、俺へと目線を向けてきた。最初に口を開いたのは零。
「手術?」
「そっ」
「頑張れよ、見舞いに行く」
「ん、さんきゅ」
あの騒動があってから、壱夜に手術をして欲しいと言われた事により、あんなにも怖がっていた零は、手術をする決意が出来たと聞いた。その手術が近々なのだという。
零は俺にタオルを差し出し言い告げてきて、俺はそのタオルを受け取り言い返した。タオルで汗を拭いていると、ベンチに座る二人は寄ってくれて、座る場所を開けてくれる。
「……で、何揉めてたんだ?」
二人の行為に甘え、俺はベンチの一番左端へと腰を下ろす。
「零がさ……、俺が上になれって言うんだ」
「え? 言っちゃうのか、壱」
「…………」
そういう内容の会話だったんですか、お二人さん。俺は壱夜の言葉を耳にすると、思わず頭を抱えてしまった。事もあろうに、壱夜は俺に対して何の後ろめたさもない。二人が付き合い始めたのは嬉しい事で、本当、早くさっさとくっ付け、とは思っていたさ。淡い期待だって持った事もあったけど、中途半端にいつまでも期待を持つよりも、はっきりと失恋した方が楽な時もある。
後ろめたさ全開で、気まずくなるのも嫌だが、この壱夜という男は……、限度があるだろう……お前。
「上に乗って、俺が動けって言うんだぞ! 信じられるか!?」
俺の反応に全く気付いてない壱夜は、それでも無神経に言葉を続ける。
「俺としては、壱夜が信じられない」
「なんで!?」
軽く壱夜を睨んでみながら、そう言い告げるが、まったく判っていない壱夜は、目を瞬かせて驚きの表情を浮かべていた。
「渋基……、お前不憫だな」
「お前が言うな!!!」
壱夜は本当、天然で……、馬鹿正直で、真面目で、隠し事なんて絶対にしない。
「俺……、零が好きなんだ」
「うん、知ってる。知ってて告白した」
「でも……、零は俺じゃダメみたいなんだよな」
そう、悲しそうに俯いて、壱夜は俺に言ってきたんだ、あの時。
「零は、渋基良い奴だって、付き合ってみたらって言われた、大事にしてくれるからって」
零がなんでそんな事壱夜に言ったのか、言った時の気持ちとか、全然、想像が付かなかった。零の考えてる事が、あの時は全然判らなかった。ただ、ダチである俺に対して、身を引いたのかと思った。
「うん、大事にするよ、壱夜の事」
「…………、零の事忘れる努力するから、それまで待っててくれる?」
「それって、付き合う前提でいいのか?」
「うん……、でも零を好きなままで、渋基とキスとかそれ以上とか……、出来ない……、だから忘れるまで待ってて欲しい」
壱夜は俺の目を見て、俺の気持ちに向き合うと決めてくれた様で、真剣な眼差しで俺に告げてきた。望みは、ほぼないって思ってたから、考えてくれただけでも嬉しかったんだよな……。まあ、その数ヵ月後に、やっぱり忘れられないって、泣きながら言われて、フラれましたけど。
「もう、本当……、そういう話すんなよ……、俺まだ傷心中なんだけど」
「わりぃ、わりぃ」
フォワードの練習が始まり、壱夜が向かった後、俺は隣に座る零に向かって溜め息混じりに嘆いてしまった。
「気にもせずに、俺に嬉しそうに零の話ばっかしてる壱夜見てると、本当、俺はないってのが身に染みるわ」
壱夜の相手が、こいつ零じゃなかったら、諦めるつもりなんてなかった。零は本当良い奴で、大きいもん抱えた時も一人で苦しんで、壱夜の事を一番に考えて行動しやがった。どんなに苦しかったのか、俺には想像出来なくて、好き同士なのに、身を引くとか、普通は出来た事じゃない。
「なにそれ」
「俺のこと気にせずに、零の話ばっか。二言目には、早く零とサッカーしたーいだからな」
「ははっ」
こんな自分の好きな奴と付き合ってる本人に、言う事ではないのは判っているが、元々、気を許してきたダチだから、こんな事、嘆けるのは零しかいなくて。俺は愚痴を溢す様に、嘆いてしまっている。
「……はぁ」
「溜め息吐いたら幸せ逃げるぞー」
「うるせぇー」
こうやって嘆いたって、軽く受け取ってくれる零だから、俺は気を許して話してしまうのだろう。
「俺が言うのもなんだけどさ……、壱の事、宜しくな」
急に零は、真面目な表情を浮かべれば、そう言い告げてくる。はっきりとした単語は使ってはこないが、これは手術後に、壱夜を頼むと遠回しに言ってきている。
「縁起でもない、宜しくなんてしてやらん」
「“もしも”……、っていう事を言っておきたくなるんだよ」
零の言葉に俺は睨みながら返すと、零は苦笑いを浮かべて目線をはずす。練習をしている壱夜の姿を目線で追い掛けながら、零は言葉を続けてきた。
「気持ちは判らなくはないが、壱夜の心の中は零しか居ない、だからきっと、その“もしも”があっても、壱夜はずっと零だと思うぞ」
「ん……」
零がこの約一年、壱夜を避けて遠ざけた理由は、自分が居なくなった時に壱夜が悲しまないように、苦しまないようにするためだった。
「大丈夫ってしか言えないけど、大丈夫。というか大丈夫だって言っていたい」
「ん……、大丈夫」
俺だって、零が無事に手術が成功して、元気になって退院してくるのを信じたい。俺が零にそう伝えると、俺が言いたい事を理解してくれたのか、零は目を細め笑みを浮かべながら、頷き言い返してくれた。
「ところで零は、入院長くなるんだろ?」
「あぁー、まあ、経過にもよるけど半年くらいは見てほしいって」
心臓の手術だもんな……、そんな数週間で退院とは、いかないんだろうな……。経過観察するのに、時間が掛かるのだろう。
「留年?」
「……、休学するから、まあ、留年決定だな」
シュート練習をしている壱夜の姿を、俺達は自然と目線で追い掛けてしまっている。チームの中でフォワードのポジションの壱夜だが、その中でもずば抜けて技術は上だった。
「壱夜が飛び付いて言いそうだな」
「もう言われてるよ」
「あ、やっぱり?」
この隣に座る零も、その壱夜に並んで技術はトップクラスだったから、零が所属している頃はいつも二人で点数の取り合いをしていたものだ。
「壱夜先輩って呼ぶんだぞ」
「ふはは」
俺の予想していた行動を壱夜は既に、零の前でしてしまっているらしく、その時の情景は易々に想像が出来て俺は思わず声を出して笑ってしまった。
「絶対呼ばないけどな……、壱夜って呼んだだけで、嫌な顔するくせに良く言うよ」
「零が特別だからだろ」
零が壱夜を避けて遠ざけた時に、零は敢えて壱夜を“壱”じゃなく“壱夜”と呼んでいた。その時も、壱夜は呼ばれる度に、眉間に皺を寄せていたのを俺も確認している。
今は、壱夜に釘を刺されて“壱”という呼び方に戻したらしいが……。壱夜はそれを特別としていて、零以外の他の奴には、絶対に呼ばせない。お互いがお互いに、特別として扱っている。こいつら、それが昔からだったけどな……。
零も零で、壱夜も壱夜で、二人共、昔から好き合ってて、あんな事がなければ、もっと早くにくっついただろうな。
「あ、あの、これ! 貰って下さい!」
チームの練習が終わり、練習場を出ると、終わるのを待ち伏せしていたであろう女子に、プレゼントを押し付けられた。
「……さ、さんきゅ」
その勢いに俺は思わずそれを受け取り、礼の言葉を述べていた。一緒に出てきた壱夜と零は、俺を真ん中にして挟み、そのプレゼントへと目線は釘付け。
「きゃー!!」
「きゃーって逃げてった……」
「相変わらずモテますな……、渋基くん」
お前らにも、ファン付いてるだろうが……。綺麗に、ラッピングされたプレゼントの箱。
俺はそれを手にして呆然と立ち尽くしていると、壱夜と零は、楽しそうに話を始めながら歩き出していた。その二人の並ぶ背中へ目線を向ける、二人の手元は隠すように繋がれていた。失恋した相手なのに、仲良さげに歩く二人を見ると、心は暖かい気持ちを感じる。
いい加減俺も、歩き出さなきゃだめだよな……。
「俺の前では…………いちゃつくな! 壱夜! 零!」
だがしかし、今のところは見えないとこでやってくれ。
ともだちにシェアしよう!