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同室者が怖い

 俺はずっと落ちこぼれのΩだった。  Ωのくせに一度も発情したことがないし、Ω特有のフェロモンもちっとも発しない。  Ωとの判定が出たのは十代の初めごろだったけど、医師にはずっとΩ機能が「未発達」だと言われてきた。内服治療をしたこともあったけれど、ちっとも向上しなかった。  そうして二十歳をすぎて、とうとう俺は「Ω機能不全」だと言い渡された。  「機能不全」ということは、もうΩでは無いと言われたのも同然だった。  21の誕生日には、王立のΩ管理協会から登録抹消の通達がきた。  王宮第三事務室勤務の仕事はなんとかそのまま継続させてもらえたけれど、Ω優遇制度のおかげで免除されいた税金が一気に圧し掛かって来るようになり、安い費用で入居できていたΩ専用宿舎からも追い出された。もともと安月給だったこともあり、生活はどんどん苦しくなった。  そうして先日はとうとう異動命令が出て、俺は王都から遠く離れた北西地方の、さらにそのすみっこにある獣人地区の、出張所勤務となってしまった。  異動の辞令が公表されると、それまで勤めていた王宮事務所の仲間達にはさんざん気の毒がられた。  獣人地区に行くぐらいならば実家に帰った方がいいとアドバイスをくれる人もいた。  だけど俺の実家は実はとても貧乏で、帰った所でいまさら俺に居場所はない。  それに今までΩ管理協会からは、少なくない額の補助金をもらってきている。Ωだという理由だけで、たいして取り得の無い俺でも王宮務めをさせてもらえていたのだし、多大な恩があるのだ。  本来ならばΩではなくなった時点で、補助金を返還しろといわれても仕方がない立場なのに、辞令を断るだなんて。恐ろしくてそんなことはできなかった。    獣人治区にはその昔、獣人達による小さな国があったらしい。  今は王国に従属する形となり、行政や商業・流通等においても、王国のやり方を採用している。  街並みも王国内となんら変わらず、交通状況も安定しており、生活レベルや衛生状態も良い。実り豊かな土地柄で、作物が豊富で食べ物が美味しい。料理の種類やデザート類も充実していて酒も旨い。縫製の技術も発達しており、獣人はみなお洒落だし清潔にしている。  俺は今回の異動があるまで獣人地区になど一度も訪れたことがなかった。王国に住む大抵の人がそうだと思う。  獣人地区はもっと未開で物騒な土地かと思っていたが、まったく違った。街中の様子は落ち着いていて、人々は朗らかだし、わりとのんびり穏やかだ。  王都から獣人地区までは、馬車を乗り継ぎ途中で宿に泊まったりして、移動に数日がかかった。  出張所は街の中心地からやや外れた場所にあり、隣りには大きな騎士団施設がある。  緑豊かで店や住宅街もあり、街角で見かける騎士たちは紳士的で、とても住みやすそうな場所った。    出張所に来てまず思ったことは、獣人と言ってもいろんな種類があるのだなあということだ。  ネコ耳、うさ耳、くまの耳。尻尾もあったりなかったり。  とても毛深くて獣っぽい外見の者もあれば、ほぼ人と変わりのない姿の者もいる。  大柄な者が多いような気がするが、小柄な者もいる。髪の色や目の色、肌の色もいろいろ。  獣人地区に住む人のほとんどが獣人で、ただの普通の人間である自分の方が珍しいくらいだ。 「あまりじろじろ見ない方がいいですよ」  仕事をしながらもついちらちらと、出張所内外を行き来する獣人達のすがたに目を奪われていたら、隣の机のクタさんにそう窘められてしまった。  クタさんは俺と同じく獣人地区外の出身者で、見かけはほとんど人間だ。先祖にリス獣人の血が混ざっているというけれど、全然リスには見えない。 「そ、そうですよね。気を付けます」  たしかに、あまり不躾に見るのは良くないのかも。それは相手が獣人だろうが、獣人でなかろうが同じことだ。 「あんまり見てると触りたくなってしまいますからね」 「え?」  クタさんはあくまで真面目な顔つきで、ひとつ大きく頷いてみせる。    なるほど。獣人たちの耳やしっぽの毛並みの良さは、ちょっと撫でてみたくなるレベルのものだ。もふもふなのだ。  そういえば、クタさんの奥さんはネコ獣人だとこの前聞いた。家では心置きなく撫でているのだろうか。うらやましい。 「安易に触るのも駄目ですよ。勝手に触ると怒られます」  それもまあそうだろう。向こうで言う所の、セクハラみたいなことになってしまうのだろうな。 「どうしても触りたいときは、同室者に頼むといいです」 「・・・・同室者、」 「そうです。あなたにもできたのでしょう? 獣人の同室者が」  獣人地区では、魔力波長の合う者同士は、生活を共にするのが習わしとなっている。つまり、二人暮らしをするわけだ。  では「魔力波長の合う相手」というのはどうやって見つけるのかというと、たいていは獣人地区公営の「魔力管理事務所」という所が探してくれる。  人は誰でも多少の魔力を持っていて、魔力の波長には個人差がある。  だけど世の中には、自分ととても似通った魔力波長を有する者というのがいるらしい。  そういった相手とは、一緒にいるだけで体調や魔力値が安定し、それはそれは幸せな気持ちで暮らせるのだという。  獣人はそうした相手を求める気持ちが人より強い。仲睦まじく暮らす「同室者」という関係は、獣人たちの共通の憧れとなっている。  合う相手というのはなかなか見つかるものではなく、何年も待たされるケースもあるという。せっかく巡り逢って同室となっても、上手くいかずに別れてしまうケースもある。  今回、獣人地区出張所の勤務となるにあたり、俺にも公営宿舎の部屋があてがわれた。  公営と言っても、とても立派で綺麗な建物だった。それに入居費用がとても安い。  指定された部屋は二人部屋だった。  同室者と暮らせという。  どうやらΩ協会に登録されていた時の俺の魔力情報をもとに、魔力管理事務所が相手を選び出したらしい。  俺の魔力はとても弱くて、ごくごく微々たるものなのに。それに俺は獣人ではないのだから、この獣人ばかりが暮らす世界で、俺の魔力に合う相手などいないだろうと思っていたのに。  俺に合う相手、というのがいたようだ。 「たしかに同室者はできた。・・・・けど、」  俺は同室者の姿を思い出し、沈黙した。  実は俺は、同室者が怖い。      

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