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第2話

 某月某日、某曜日。 否、曜日は明かそう金曜日だ。現在の時刻、十時三十分。  此の日の為に、私、森鴎外はしっかり準備をしてきた。  (まあ、主にイメージトレーニングだけだけれども)  ちゃんと中也君を呼ぶ口実も立ててある。後は彼が首領室に入るだけ......。  ......然し、柄にもなく緊張するものだねぇ。  ガチャリ、と扉が開くと同時に、想い人の....中也君の声が聞こえてきた。  「失礼します。えっと、あの御用件、とは?」  さあ、らしくもない現実逃避を止めるんだ森鴎外!  頑張れ私! 当たって砕けろ!  「まあまあ、飲みながら話そうじゃないか」  そう、私は中也君が来る前から葡萄酒を二杯ぐらい飲んでいた。  酔わないと録に想いも伝えられないなんて、私もまだまだ弱いね。  「そんなっ! 申し訳ないです!」  「別に良いじゃないか。最近、忙しかったしねぇ。あまり、飲んでなかったでしょう?」  「えっと.......まあ、はい。」  「なぁに、気にしなくて良いよ。私からの餞別として受け取ってくれたら嬉しいのだけど」  「.....有り難く頂きます」  そんなに畏まらなくても良いのに。まあ、其処が可愛いのだけれども。  中也君がグラスに口付けて葡萄酒を、ゴクリ、と飲んだ。  もう、こんな機会が無いかもしれないので私は彼の一つ一つの動作を目に焼き付けることにした。  うん、やっぱりコイツは変態だと云う声は無視だよ。  「どうだい?味の方は」  「美味しいです」  「そう?それは良かったよ」  さて、そろそろ本題に入らないと。  「.....ねぇ、中也君月がさ___」  「はい?」  「月が綺麗ですね」   .....云ってしまった。嗚呼、でもこの子意味分かるかな。   今、私の顔は林檎のように紅く染まっているだろう。情けないなぁ、此でもマフィアの首領、やってるんだけどね。  態々、中也君の顔を見ないようにして此処から月を見ながら、云ったつもりなのに。  でも、こんなに顔が紅くなったら意味無いよね。嗚呼、情けない。  チラッと中也君を見た。彼は、クスクスと笑っていた。不意にも、可愛いと思ってしまった。  「もう!中也君酷いよ!笑わなくても良いじゃないか...」  「あはは、すっすみません....ふふ」  そこまで笑わなくても良くないかい?!  「ふふ。では首領、何故月が綺麗だと思いますか?」  ....?この子は急に、何を云っているのだろう。  「俺は、月に手が届かないから、綺麗なんだと思います」  「確かに、そうかもしれないね」  月に手が届かない、か。  「でも、俺は、星も綺麗だと思いますよ」  「そっか、でも、仕方無いか」  「...御免なさい。でも、嬉しかったです」  中也君がグラスを、置いた。嗚呼、もう、終わりなんだ。意外と呆気なかったな。  「では、良い夜を。...失礼しました」  ガタン、と扉の閉まる音が響いた。  「あーあ。振られちゃった。やっぱり、凄いよね。太宰君は」  葡萄酒、全部飲んじゃおうか。独りじゃ少し多い、かな? いいや。飲んじゃえ。  こうして、一人の中年の恋に幕が閉じたのだった。                            end.

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