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その31ネクタイを締めさせてあげましょう

「ポチ。俺のネクタイも締めてください」 朝ごはんの時間も終わり、洗い物をしている信之助にネクタイを見せながら佐久良が満面の笑みを浮かべてお願いをしてきた。自分で出来るくせに、佐久良がこうして頼んでくる理由を信之助は何となく理解していた。 朝ごはんを食べる前の話だ。信之助が、若い組員のネクタイを締めてあげたのだ。その組員は、ネクタイを締めるのがどうしても苦手らしく。ネクタイが曲がったまま朝ごはんを食べようとしていたので、それを締め直してあげたのだ。 それをどうも佐久良は見てしまったらしく、朝ごはん中もジッとこちらを見ていた。まるで、ズルイズルイ俺にもしろと言っているようで。 佐久良のことだ。たぶん、頼んでくるだろうなと思っていたらこれだ。よく分からないキャラが描かれたネクタイを手に持ち、佐久良は思ってた通り頼んできた。 「いや、やるのはいいんだけどそのネクタイはやめとけ」 「えー」 「今日、大事な人に会いに行くんだろ。だったらやめとけ。俺がネクタイ選ぶから、佐久良は座って待ってなさい」 「ポチが言うなら、おとなしく待ってます」 ただ待たせるのもなと考え、パパッと紅茶を準備する。最近、佐久良が紅茶にハマっているのだ。佐久良がハマったことで、いろんな種類の紅茶が常備されているが、信之助には違いが何一つ分からない。だから、いつも適当に選んでそれを出している。 「ほら。紅茶」 「ありがとうございます、ポチ」 佐久良が一口飲んだのを確認して、パパッと洗い物を済ませる。そして佐久良の部屋に行き、ネクタイを選ぼうとするがどういうわけか普通のやつがない。いろんな場所を探してみたが、見つからない。 仕方なく藤四郎の部屋に行って、普通の柄のネクタイを借りた。そして、佐久良の元に戻る。佐久良も、ちょうど紅茶を飲み終えてたみたいだった。 「よし。ネクタイ締めてやるから、動くなよ」 「はい」 目を閉じて、佐久良は信之助がネクタイを締め終わるのを待つ。その姿が、ちょっとどころではないぐらい似合いすぎててかっこよくて。信之助はそんな佐久良の姿を極力見ないようにして、手際よくネクタイを締めた。 「ほい、出来たぞ」 「ありがとうございます。ポチは、他人のネクタイを締めるのが上手ですね」 「まぁ、いつも締めてやってたしな」 信之助の言葉に、佐久良がピシリと固まった。

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