38 / 85
その32嫉妬をしましょう
「誰のネクタイをいつも締めてあげてたんですか?ポチ」
35年間生きてきて、今1番絶体絶命の危機に信之助は立っていた。何でこうなったかは自分でもよく分かっていない。普通にネクタイを締めていたはずだ。
「いや、その、あれだよ、あれ」
「だから、誰ですか」
「それ、言わなきゃダメか?」
自分が誰のネクタイを締めていたとか、佐久良には話さなくてもいいんじゃないかと思う。過去の話だし、今は締めてあげていないのだから。でも、それで佐久良が納得いかないのだろう。信之助をジッと見つめて、ただ答えを待っていた。無言の威圧感が信之助を包み込む。
「言ってください」
「いや、」
「言え」
「双子の弟です。はい、」
敬語を言わない佐久良がここまで怖いとは思わなかった。でも、信之助がすぐに喋ってしまうぐらい怖いのだ。イケメンに睨まれたりしたら、誰だって何でも喋ってしまうだろう。
「双子の弟、ですか?」
「そ、そう!今は仕事でイギリスにいるから、行く前まではずっとやってたぜ」
「……………分かりました」
何が分かったのだろうか。よく理解出来なかったが、やっと怖い佐久良から解放されると思っていた。だが、信之助の考えは甘かった。佐久良はある意味変人なのだ。信之助を、日給8万円(現在8万5千円)で飼っている(雇っている)のだから。
「行きますよ、ポチ」
「?どこに、」
「パスポートは?」
「パスポート?あるけど、なんで?」
キョトンとした顔を向けてくる信之助の手を握って、佐久良は歩きだした。どこに向かうかと思えば、信之助の部屋だった。
「俺の部屋に来てどうしたの」
「今すぐ、パスポートを引っ張り出してください。見つかり次第行きますから」
「行きますって、どこに?」
「イギリスです」
口をポカンと開けて、信之助は言葉をなくした。今から行くって、イギリスに。
「えぇぇぇぇぇ!!!」
こうして、佐久良と信之助の2人旅が始まったのである。
ともだちにシェアしよう!