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その32嫉妬をしましょう

「誰のネクタイをいつも締めてあげてたんですか?ポチ」 35年間生きてきて、今1番絶体絶命の危機に信之助は立っていた。何でこうなったかは自分でもよく分かっていない。普通にネクタイを締めていたはずだ。 「いや、その、あれだよ、あれ」 「だから、誰ですか」 「それ、言わなきゃダメか?」 自分が誰のネクタイを締めていたとか、佐久良には話さなくてもいいんじゃないかと思う。過去の話だし、今は締めてあげていないのだから。でも、それで佐久良が納得いかないのだろう。信之助をジッと見つめて、ただ答えを待っていた。無言の威圧感が信之助を包み込む。 「言ってください」 「いや、」 「言え」 「双子の弟です。はい、」 敬語を言わない佐久良がここまで怖いとは思わなかった。でも、信之助がすぐに喋ってしまうぐらい怖いのだ。イケメンに睨まれたりしたら、誰だって何でも喋ってしまうだろう。 「双子の弟、ですか?」 「そ、そう!今は仕事でイギリスにいるから、行く前まではずっとやってたぜ」 「……………分かりました」 何が分かったのだろうか。よく理解出来なかったが、やっと怖い佐久良から解放されると思っていた。だが、信之助の考えは甘かった。佐久良はある意味変人なのだ。信之助を、日給8万円(現在8万5千円)で飼っている(雇っている)のだから。 「行きますよ、ポチ」 「?どこに、」 「パスポートは?」 「パスポート?あるけど、なんで?」 キョトンとした顔を向けてくる信之助の手を握って、佐久良は歩きだした。どこに向かうかと思えば、信之助の部屋だった。 「俺の部屋に来てどうしたの」 「今すぐ、パスポートを引っ張り出してください。見つかり次第行きますから」 「行きますって、どこに?」 「イギリスです」 口をポカンと開けて、信之助は言葉をなくした。今から行くって、イギリスに。 「えぇぇぇぇぇ!!!」 こうして、佐久良と信之助の2人旅が始まったのである。

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