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第3話

あれから何度か食事に行くうちに、水野くんについて事務所のプロフィール以上にわかったことがある。 私服はシックな感じ。 視力は0.1くらいで仕事中はコンタクトで、家ではメガネ。 美容師は中学の頃から変えていない。 東京出身だが、いまは一人暮らしをしている。 休みの日は昼まで寝て、洗濯をし、漫画や小説を読む。 自炊は苦手で、普段は外食か生野菜のサラダを食べている。 都内の私立大学の数学科を卒業している。 アイドルの仕事が少なく、時間があったこと、数学だけは勉強することが好きだったことを理由に進学した。 3つ下に妹がいる。 最近の悩みは、いつ干されるかわからないこと。 会う回数が増え、前のような変な緊張はなくなった。 同時に、彼をよりよく知ったことによってますます惹かれた。 彼が時々漏らす不安を受け止めてあげたい、守ってあげたいと思うようになった。 彼が最近よく口にするのは、 「俺、まだ芸能界にいられますかね?」 俺自身も芸人として最近やっと売れ始めたからその気持ちは理解できる。 「いつか飽きられて仕事が来なくなる」 目を背けつつも、その恐怖はいつだってすぐそばにある。 でも、彼にはそれ以上に感じているものがあるように思える。 最近になってほぼ本音の部分を見せてくれるようになったが、まだ何か隠している気がする。 まあ、恋人でもない他人の俺に言えるわけもないか。 水野くんと初めて食事に行ってから3ヶ月ほど経った今日は、彼の家に行くことになった。 「そろそろ寒くなってきましたし、うちで鍋でもしませんか?」 受信して、しばらく動けなくなるほどの衝撃だった。 水野くんにはそんな下心がないに決まっているのに、動揺してしまう自分がいる。 しかし、俺たちはただの友人で、ここまで順調に関係を築いてきたからには気持ちを抑えなくてはならない。 待ち合わせは水野くんの住むマンションの最寄駅だった。 「駅からすぐなんですよ」 「こんなとこ、高いんじゃない?」 「そうでもないですよ。ちょっと古いし」 そうこうしているうちにたどり着いたのは、10階建のマンションだった。 部屋の中は整頓されていて、壁一面に本棚があり、漫画や見たこともない数学の本があった。 「すごい本の量だね」 「給料が入るとつい調子に乗って読みたいやつ片っ端から買っちゃうんです」 「難しそうなのもあるし」 「それは大学の頃に買ったやつで、ゼミで扱ってた分野の本ですね」 今夜は鍋だから、料理をすると言っても野菜や肉を切るくらいですぐに煮込む段階になった。 テーブルの真ん中で鍋が湯気を立て、俺たちは向かい合って、カーペットが敷かれた床に座った。 「杉原さんて、ゲイだってカミングアウトしてますよね?…どうしてしようと思ったんですか?」 「え?」 オープンリーゲイと言っても、未だにこういう話題は緊張する。 俺がゲイだと知っていても、彼は今まで仲良くしてくれたが、やっぱり嫌になったのかとか考えてしまう。 「いや、変な意味はなくて…ただ、世の中的にはまだ偏見もあるのになんでかな〜って」 「偏見があるから、かな。隠してると彼女いるかとか好きな女性のタイプとか、異性愛を前提にした質問をされるからな〜」 「たしかに…」 「そういう時、嘘つかなきゃいけなくなるのがちょっと嫌で」 「そういうことは考えたこともなかったです」 「そりゃあ異性愛者の人は考えないだろうな」 「そう…ですよね…」 この時、何か引っかかるような反応だった。 ただ、俺は少し酔っていて、あまり気に留めることはなかった。 「公表したらしたで、じゃあ俺のことも好みなの?とか無神経なこと聞かれることもあったけど、それって異性愛も同じじゃないかな?」 「同じ?」 「異性愛と同じように、俺たちだって好みは人それぞれで、男みんなが対象なわけじゃないってこと」 「…最初に共演した番組でのこと覚えてますか?」 俺が彼を好みだと言ったことだろう。 忘れるわけがなかった。 あれがなかったら、いまこのような現実は存在しないのだから。 「あの時、俺のことありって杉原さんが言うからなんか嬉しくて、それでもっと杉原さんのこと知りたいなって思って」 「…そんなこと言ったら、本気で好きになっちゃうよ?」 冗談のように言ったが、実際はもう本気だった。 「…俺も杉原さんのこと、ありだって言ったら?」 「え?…またいつものテキトー発言?」 鍋を挟んで向かい合っていたはずが、彼は俺を隣にいた。 距離に困る。 「水野くん、酔ってるの?飲みすぎた?」 そう言うと、彼は俯いた。 「…冗談にとらないでください。本当のこと…言ってるんです」 この瞬間は夢なのか。 酔った頭が作り出した妄想か。 言葉を発しようとした瞬間、それは彼によって阻まれた。 俺の唇は彼のと重なっていた。

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