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第2話
水野くんから連絡が来たのは、あのトーク番組の収録から1ヶ月後の9月のことだった。
"次の木曜の夜、会えませんか?"
好きになった相手には自らぐいぐい向かっていくタイプであるはずが、何故だか彼にはそうはいけなかった。
自分から連絡する機会などいくらでもあったし、何度も食事に誘おうとした。
でも、グダグダと悩んでいる間に1ヶ月が経ち、とうとう水野くんから連絡が来てしまった。
"空いてるよ。どこか行きたいところある?"
余裕なんてこれっぽっちもないのに、余裕があるように装って返信してしまった。
会えない時間が長い方がいろいろ考えてしまってだめだな。
"新宿でおすすめのお店があるので、そこに19時にどうですか?"
そもそも俺は彼のことを何も知らない。
公表されている事務所のプロフィール程度しか。
彼は一体どのようなもの、ことが好きなのだろう。
今まではどのような家族とどのように過ごして来たのだろう。
今日はすこしでも彼のことを知ることができたらいい。
「あ、杉原さん!」
「ごめん、ギリギリになった」
「大丈夫ですよ。じゃあ、入りますか」
店の前で待つ彼は、マスクをするだけで街に溶け込んでいた。
黒のスキニーが、長い足を引き立てている。
彼は、俺に気づいて顔を上げ、笑う。
すこしだけ、胸が締め付けられるような表情だった。
水野くんのおすすめの店はじゃぶじゃぶの店で、事前に予約されていた個室に通された。
向かい合って座り、水野くんの顔を正面から見ると、すこし緊張した。
「お飲み物は何にしますか?」
「じゃあ、ビールで」
「俺はハイボールで」
店員が去ってから料理を待つ間、何か話さねばとすこし焦ってしまった。
手汗をかいて、喉は乾いてしまった。
何か話さねば。
「…水野くんはハイボール、好きなの?」
「はい、割といつもハイボールっすね」
うまく返せない。
初恋でもないのに、一体自分はどうしてしまったのか。
「…杉原さんともっとちゃんと話してみたくて今日誘ったのに、なんか全然話せない。緊張してるみたいで」
「俺も正直言うと、今日はちょっと緊張してる。まさか本当に誘われるとは思ってなかったし」
「それはなかなか杉原さんが誘ってくれないからじゃないですか!」
「それはごめん、なんか緊張しちゃって」
「冗談ですよ。連絡先交換してから誘おうとは思ってたんですけど、仕事がちょっと落ち着かなくて」
「いま水野くん、引っ張りだこだよね」
「まあありがたいことですけど…」
彼は最近、バラエティ番組やドラマに出演して、テレビで目にする回数がぐっと増えた。
しかし、疲労のせいか、彼の表情はすこし曇った。
「いろんな人に見てもらえるのは嬉しいし、ありがたいんですけど、なんていうか…疲れちゃうんですよね」
一口食べた後に、
「注目されるってことはプライベートな部分まで追いかけられる気持ちになるというか、当たり前ですけど行動全てに気を使わなくてはいけなくて、もともとテキトーな性格だから、そういうのは苦手で」
彼が注目されたのはちょうど1年前くらいからで、それまではグループの中では目立たないようなタイプだった。
ドラマ出演がきっかけで急激に人気が出た。
その環境の変化に心身がついていかないのだろう。
「俺はお笑いだからあまり参考になるアドバイスとかできないけど、愚痴聞くくらいならできるから、今日みたいに吐いてくれていいよ。いくらアイドルっていっても、人間なんだから弱音くらい吐きたいでしょ」
「ありがとうございます」
そう言った彼の表情は、まだすこし曇っているような気がした。
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