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現の夢4

「あのですね僕、今年で30になるんですけど、このまま童貞だったら、魔法使いになれるかもしれないですよね。ハハッ」 (何を言い出すかと思ったら、やっぱりこの男は馬鹿だな――) 「それなら俺の躰を使えばいい。魔法使いにならずに済むだろう」  男の言ったことに内心呆れながら、自分の躰を封印するように付けられている細かいボタンを、ひとつひとつ外していく。すると何もしていないのに腰に巻きついていた縄が解かれて、足元に落ちていった。 「貴方、何を言ってるんですか。男相手にそんなこと……」 「俺だって本当は嫌なんだ。こんなことをしたくはない。だがそうしないと、この躰が消えてなくなってしまう」  眉根を寄せて苦しげな表情を作りながら、若い男の説得をはじめた。 「消えてなくなってしまう?」 「そうだ。俺はある人の意を受けて、夢の番人として悪夢を無きものにしてる。しかも人間のように食べ物を口にしているわけじゃないから、こうして動けなくなる」  しゃがみ込んだことでふらつきは消えたが、喋ることもだんだん億劫になってきた。 「あの、夢の番人さま。貴方の欲しいものって――」 「人間の精。つまりお前の精液を欲している」 「それってどうやって……、まさか!」 「ああ、残念ながらそのまさかだ。しかもお前だけじゃなく、俺もはじめてだったりする」  やっとボタンを外し終えて服を脱ぎだしたら、若い男がじりじり後退りをした。 「……そうか。俺を見殺しにする気なんだな」  下半身を隠すように上手いこと服を脱いで、首を横に傾けながら寂しげな笑みを口元に湛えた。長い髪の一筋が唇に引っかかったお蔭で、哀れな姿に拍車がかかってみえるだろう。 「だって、男同士でそんなこと……。ありえないですって」 「気持ち悪いからやらない。そうやって逃げて、俺を殺すのか」 「ううっ!」 「目をつぶって身を任せろ。お前は頭の中で、女とヤってる姿を思い浮かべればいい」  現実世界で男たちをたぶらかすために散々使ってきた誘い文句は、いくらでも頭の中に入っていた。自分が生きるために、目の前にいる若い男を、なんとしてでも落とさなければならない。  命を懸けた駆け引きに、高橋の胸がいつも以上に高鳴った。そんな興奮を感じさせないようにすべく、下半身を覆っている服を両手でぎゅっと握りしめてやり過ごす。

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