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理想と現実の狭間で17

 自分以外を受け挿れたというのに、謝ることなく平然としていられる番人を、敦士はどうしても許せなかった。 「僕は自分が思っている以上に、番人さまのことを愛していたみたいです」 「敦士――」 「だからこそ、どうしても許せない。好きだから、すごく悔しくてならない」 「悪夢を見られなかった自分を、責めているのか?」  番人が訊ねた瞬間、俯いていた敦士の瞳から、大きな涙が降り注ぐ。 「うぅっ……」 「それとも、俺が他のヤツと寝たことが許せないのか?」  ぽたぽたと零れ落ちる涙は、番人の躰を濡らすことなく静かに通過して、フローリングの上に落ちていった。 「すみません……」 「お前が自分と俺のことを責めていても、この躰から解放されたら、必ず逢いに行く。嫌われたままでも構わない。絶対に逢いに行くから」 「えっ?」  自分を見上げる番人の躰が、青白い光を放ちはじめた。やがてそれが眩いものに変わったため、片手で顔の前を塞ぎながら、ぎゅっと目を閉じる。  ほんの数秒後には、瞼を閉じていても光を感じなくなったので、恐るおそる目を開けた。  頭の中では、何かがなくなったということが認識できるのに、それが何であったかというのが、まったく理解できない。分からないのは、それだけでなく――。 「あれ? どうして僕は、泣いているんだろう?」  真っ暗闇の自宅の中、リビングの中央に立ちつくした状態でいる自分が、不思議でならなかった。両手で涙を拭いながら、この状況を考えてみる。 (慣れない部署での仕事にほとほと疲れて、出社したことの記憶はある。いくら疲れていたからって電気もつけずに、ぼーっとするなんてありえない)  拭ったはずなのに、ふたたび涙が頬を伝った。  悲しくなる理由を考えると、胸が絞られるように痛んだ。わけも分からずに、ただひたすら涙を流すしかなくて、苦しさを感じる胸元を押さえる。 「好きな人に罵倒されても、こんなふうになったことがないのに、どうして苦しいほどに、切ない気持ちになってしまうんだろう」  つらい夢を見たというのに、目を覚ますと記憶がなくなっているような感覚に近い今の現状に、敦士はただ困惑するしかなかった。

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