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理想と現実の狭間で16

「……夢で逢えたら、こんなふうにすれ違うことはなかったのに」  敦士の躰をすり抜けてしまった自分の行動に、番人が内心苛立ったそのとき、ものすごく小さなつぶやきが耳に聞こえてきた。  慌てて身を翻して、敦士の前に回り込む。うな垂れている視界に入るように両膝を折って跪き、顔をしっかりと上向かせた。  顔と顔を突き合わせているはずなのに、なぜか視線が絡まないことに不満を抱き、番人は眉間に皺を寄せながら口を開く。 「俺はこの躰から本体に戻ったら、世間を騒がせるような大規模テロを起こそうと、密かに計画していた」 「テロ?」  どこか虚ろな敦士のまなざしが、番人を捉える。そのことに気がついて、首を大きく縦に振ってみせた。 「ああ。死にたくて死んだはずの俺を生かし、夢の番人として働かせる創造主に復讐するために、テロを起こそうと心に決めたんだ」 「そんなこと、しちゃいけないです。罪のない無関係な人を、たくさん傷つけることになってしまう」 「夢の番人になったばかりの俺は、そのことにも気づけずにいた。だがお前に出逢って、変わることができた」  番人の両目に涙が浮かび、やがてそれは頬のラインを伝って、はらはらと流れていく。敦士はそれに手を伸ばしかけたが、ハッとして拳を作った。 「番人さまが涙を流しているのに、拭うこともできない僕は、ただの役立たずですよ」 「俺も大好きなお前に触れることのできない、どうしようもない、ダメな男さ。だから考えた」 「…………」 「早く夢の番人の仕事を終えて、自分の躰に戻り、敦士を抱きしめたいって」 「それは、夢の中じゃなく?」 「現実世界の中で、お前を強く抱きしめたい。でもこの躰とはまったく違う姿の俺を見たら、幻滅するかもしれないな。目つきが悪いせいで、見てくれがあまり良くない上に背も低い、ただのオッサンだし」  物悲しげな番人を見ているだけで、敦士の心の中にあたたかなものがじわりと湧き上がってきた。でもそれはすぐに、真っ黒いものが覆い被さって、すべてをなきものにする。

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