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第19話

寮のロビーに着くと、すっかり見慣れてしまったパーカー姿の管理人が優雅にソファーに座ってるところが見えた。 そういえば昨日の荷物の話、管理人なら分かるだろうと聞いてみよう。 「あ、の…管理人さん」 「おや、君は…ちゃんと荷物は届いたかい?」 俺が頷くと「それは良かった」と笑っていた、別に可笑しなところはない。 荷物は届いたがそれを運んだ相手が気になって仕方がないんだ。 管理人だけなんだ、その人を見たのは…それは譲なのか…それとも… 管理人は缶コーヒーを飲んで休憩中だったようだ。 俺は昨日の誰が俺の荷物を運んだか怪しまれないようになるべく自然に話の流れで聞いてみた。 すると管理人はフードを被っていても分かるぐらい不思議そうな顔をして首を傾げていた。 「誰って、君の友達だよ」 「俺の友達は譲だけです、でも譲は知らないって言っていて」 「譲って入寮日に一緒にいた子だよね、彼じゃないよ」 「…え、じゃあいったい誰が…」 やはりそうではないのかという疑問が確信に変わり、管理人は容姿を思い出そうと考えていた。 背は管理人の胸くらいで顔は帽子を被っててちょっと幼さのある少年だとジェスチャーで教えてくれた。 …その姿は俺の知ってるかぎりでは俺に荷物の事を話してくれたあの子…だよな。 でも時間からして可笑しい、それだと俺を呼びに来た時にはもう既に俺の荷物を持っていた事になる。 理由が分からない、何故知らない人である俺にそんな事をするんだ? 結局正体が分からないまま俺は部屋に向かって歩いていった。 部屋の前に誰かが立っているのが見えた、俺の部屋だから俺に用があるのだろう。 一瞬あの少年かと思って心臓が飛び出そうなほど驚いたが譲だと分かり胸を撫で下ろした。 俺の帰りを待っていたみたいで俺の姿が見えると大きく手を振って駆け寄ってきた。 俺は一度部屋に戻り制服から私服に着替えて譲と一緒に歩き出した。 譲は食堂に行くつもりらしいが俺はどうしようか。 毎日食堂だといろいろと出費がかさむ…貧乏学生には辛い。 「譲は食堂だよな」 「そうだけど、蒼は違うのか?」 今日は食堂にしようかと着替えてる時は思っていたが、やっぱり自炊にしよう。 待ってくれた譲には申し訳ないと頭を下げると譲は目を丸くした。 譲の食堂には付き合うが俺は水しか飲まないだろう、食いづらいよな…行かない方がいいのかな。 譲に怒られても仕方ない、早めに言わなかった俺が悪いんだから… 自炊すると伝えて譲の言葉を待つ、しかしいくら待っても譲の声は聞こえない。 どうしたのかと譲を見ると何故か目を輝かしていた。 「蒼!料理作れるの!?すげぇ!」 「…凄い、か?」 普通ではないか?一般家庭出身だし、今時男が料理出来ないと一人暮らしをする時かなり大変だぞ? 譲は作った事がないのかずっと俺に凄い凄いと過剰に褒めている。 廊下のど真ん中でする会話ではなくて周りの人達は何事かとチラチラ見ながら通り過ぎている。 は…恥ずかしい… 譲を止めようと話題を変えようとしたが譲の暴走は誰にも止められなかった。 苦笑いして譲が飽きるのを待つしかないな。 「俺も蒼の料理食べたい!」 「…え、いや…人に食べさせられるようなものじゃ」 「それでもいい!食べたい!」 本当に自分用に作るやつだから美味しいか分からないぞ。 譲は引き下がる気がないようで食べたいを連呼する。 また注目を集めてしまい俺は念押ししたからまぁいいかと譲にも食べさせる事にした。 コンビニはいろんなものが揃ってるからコンビニで買い物しようかな。 もう遅いから外に買い出しに出かけたら夕飯が遅れてしまう。 俺は譲と一緒にコンビニに向かって歩き出した。 普段いいものを食べている譲が気にいるか今はとても不安だ。 αっていいとこ育ちが多いからな、俺みたいな一般家庭もいるけど… コンビニに入り、卵があればだいたい料理が出来るから卵を買って栄養バランスを考えてカット野菜をカゴに入れる。 譲はお菓子コーナーを真剣に眺めていた。 「譲、ドレッシングなにがいい?」 「酸っぱくないやつー!」 酸っぱくないやつ?よく分からないが、ドレッシングってだいたい酸味があるような気がするが…ゴマとかは酸味が控えめだよなと思い手に取る。 今日はオムライスにしよう、じゃあケチャップも必要だな。 必要なものを買い俺達はコンビニから出て部屋に帰ってきた。 キッチンに買い物袋を置いて今日使う分の材料だけを取り出し後は袋ごと冷蔵庫に押し込む。 同居人がいたらうるさそうだがいないから自分ルールで楽だ。 譲はそわそわした様子でリビングをウロウロしていた。 「蒼、なんか手伝える事ある?」 「じゃあそこのタオルでテーブル拭いてくれるか?」 キッチンにあったタオルを譲に渡すと張り切った感じでテーブルを拭いていた。 その間に俺はフライパンに油を引いて料理する。 二人分のオムライスとサラダが完成して椅子に座り待つ譲の前に持ってくる。 上手く巻けずちょっと歪なオムライスだが味は普通だと思う、多分。 この部屋に二人も呼ぶ事になるなんて最初は呼ばないと決めてたが譲なら大丈夫だと思った。 差別αでもないし、ちゃんと番は真剣に探すような誠実さがあった。 俺達はまだ知り合ったばかりだがそれだけは確かだと思った。 美味い美味いとオムライスを頬張る譲の食べっぷりはとても気持ちがいい。 「ご馳走さま!また作ってくれる?」 「こんなので良ければ」 譲は目を輝かして満足そうにサラダに手をつけた。 他は食べるのにプチトマトだけ何故か避けられている。 嫌いなのか?ビタミン豊富なのにと思いながら譲が残したプチトマトをフォークで刺し口に運ぶ。 噛むと中から酸味があるプチトマトの汁が出てくる。 こうして食事は終わり譲が料理を作ってくれたお礼にと一緒に並んで食器を片す。 カチャカチャと食器がぶつかり合う音が響いた。 「そういえばもうすぐ新入生歓迎会の時期みたいだな」 「新入生歓迎会?」 「部活の先輩達に聞いたら去年は球技大会をしたみたいだよ!」 新入生歓迎会だから新入生と先輩達が混合で球技大会をやって大盛り上がりだったそうだ。 基本学園ツートップの二人のチーム中心だったみたいだ。 新入生歓迎会だから新入生が主役のはずなのに生徒会長&副会長VS風紀委員長がメインになっていたそうだ。 結果は運動神経も顔並みにトップで圧倒的にな差で生徒会長と副会長が勝ったそうで譲は見たかったと残念そうだった。 …譲、生徒会が好きなのか風紀委員長が嫌いなのかどっちなんだ?…どっちもか。 俺もあの噂でちょっと警戒心が強まってしまた。 火のないところに煙は立たないし、やっぱりなにかあるのだろうな。 「毎年違うみたいだけど今年はなにかな?譲はなにがいいと思う?」 「…俺は何でもいいよ」 俺の答えが気に入らないのか譲はブーブーと文句を言っていた。 本当に新入生歓迎会は何でもいい…ヒートの心配しかしていないから… 俺も譲みたいに純粋に楽しみたいとため息を吐く。 譲は自分の事だと思い謝ってきたからすぐに違うと訂正した。 球技大会か、あまり体力に自信はないが休める時間が多そうだからそんな感じがいいな。 食器が片付き水を止めてタオルで手を拭くと譲は台所から出て床に起きっぱなしにしていたカバンを掴んだ。 「じゃあ俺もう行くな!」 「気をつけて帰れよ」 「おう!新入生歓迎会、風紀委員長に当たんなきゃ俺も何でもいいや!じゃあな!」 そう言った譲は俺に手を振り部屋を出て行った。 去り際に不穏な事を言い残した譲に苦笑いする。 そうか、新入生歓迎会は先輩との交流を目的とした行事だから先輩の風紀委員長、生徒会と一緒になにかをする新入生もいるのは当たり前か。 事情を知る響先輩とだったらいくつか楽になりそうだな。 関わらないようにしようと思っていたのにがっつり助けを求めていて自分ながら恥ずかしい。 寝る準備をした後、今日は早めに寝ようとリビングの電気を消して寝室に向かう。 でかいくまのぬいぐるみが出迎えていてそれを抱き枕のようにしがみついて目を閉じる。 あ、寝間着に着替えてないや…なんか面倒だしいっか。 風呂は明日の朝にしようと思いつつ眠りについた。 この時の俺は呑気だったんだ。 新入生歓迎会であんな事になるなんて… 俺はまだ、知らない。

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