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第1話

ちいさいころ、 『ーーーー僕たちの生きる意味は何だろう』 そんなありきたりな歌詞を歌う声に、惹きつけられたのがはじまり。 その歌詞に、どれほどの意図が込められていて、どれだけの重みがあるのかなんてわからないけれど。 その透き通った声は、僕を息苦しさから解放してくれる気がした。 ーーーーーーーーー ーーーーーキーンコーンカーンコーン。 ざわざわ。 チャイムがなり終わるやいなや、教室を包む喧騒。 待ちに待った昼休み、みんなは各々、友人との会話に目を輝かせている。 僕はといえば。 ……友達は、いない。 もっというと、この教室にいる誰とも喋ったことがないし、かかわったことも、ほとんどない。 なぜって、僕のこの容姿がまず第一の原因。 目元を完全におおう、のびっぱなしの前髪。 後ろの髪も、肩につくくらいにはのびていて、つねに猫背で俯いている。 …まぁ、ひとことでいうなら、根暗、かなぁ? とにかく、進んでは話しかけたくないような見た目であることは確かで。 それから、第二の原因。 こっちの方が、ひととしてはまずいかも。 それは、 「あれ、綺羅、またどっかいっちゃうの?俺たちとご飯食べよーよ!」 「……」 これ。 どこにも、優しいひとはいるもので。 こうやって、仲良くしたってなんの得もなさそうな僕に、声をかけてくれる人もいる。 けれど、僕は一度としてそれに答えたことがない。 今日もまた、かけられた声にはこたえず、お財布を片手に席をたつ。 「黒崎、いいかげんあきらめろって。」 「えぇーー、でも話してみたいんだもん。」 そんな会話を尻目に、教室から出る。 ほんとに、物好きなひともいるんだなぁ。 誰が見たって、態度が悪い僕に。 呆れるでも、怒るでもなく、笑って毎日話しかけてくるなんて。 ……どんなに話しかけられたって、絶対に返事なんて返さないのにな。 ーーーーなんて。 こみあげてきた息苦しさを、頭をひとつふってやりすごす。 考え事はうちきって、ただただ階段を登りつづける。 そうしたら、どんどん人がへっていって。 それと同時に、どんどん僕の気持ちは高揚していく。 あぁ、はやくはやく。 はやる気持ちをおさえつけ、少しだけスピードをあげて、階段をのぼっていく。 少し息が乱れてきたところで、漸くその扉が見えてきた。 焦りにもたつく手で、制服のポケットからヘアピンを出して、ドアをあけて、屋上に出る。 こんなときだけは、手先が器用でよかったなぁって思う。 ーーーーぶわっ。 吹き付けてきた風を感じて、そっと目を伏せた。 吹き抜ける風に、こころがあらわれる、そんな気がする。 澄み渡っている空はきらめいていて。 なんともいえない開放感に、丸まっていた背筋をのばした。 そそくさと屋上に足を踏み入れて。 最初の、1音目。 「〜〜♪〜〜」 それが口から溢れれば、もう、とまらなくて。 するすると口からとめどなく溢れるたくさんの音。 それらは、確かに僕をすくい上げてくれる。 ご飯も、友達も、暖かさも、いらない。 この冴え冴えとした空気と、青空と、音楽。 それだけが確かに"僕"を"僕"でいさせてくれる。 自分で作り上げた音楽は、つたなくて、とても上手いとはいえないかもしれない。 ……それでも音楽をつくり、つむぎあげるときこのときだけが、ぼくの、"すくい"で。 「〜〜♪〜〜〜♬〜〜」 ゆっくりと自分の口角があがっていくのがわかる。 風に、あおられた前髪。 ひろがる視界。 ひびく、おと。 ここにいるのは、僕だけで。 ここでは、たしかにぼくは自由で。 あぁ、この時間が永遠に続いたらいいのになぁ、って毎日思う。 ただ生きてるだけで、ぼくの毎日はすごく息苦しくて。 毎日、ただ歌ってすごせたら、しあわせなのに。 歌詞の意味、なんてぼくにとってはそこまで大切なものではないけれど。 もしあの、いつかの歌詞に、答えるとするなら、 ぼくの生きる意味は、歌うこと。 ぼくは歌うために生まれてきたんだって、こころの底からそう思う。 「♩〜〜〜…………フゥ…。」 満足するまで歌い終わって、ちらりと腕時計を見る。 昼休みがおわるまで、あと15分。 真冬の屋上にずっといた体は冷え切っているけれど、こころはぽかぽかと暖かい。 名残惜しいけれど、そろそろ教室にかえらないと。 でも、今日の空は、特別きれいで。 だから、できるだけ近くで見たくて。 ……もうすこし、だけ。 するりと屋上の柵に腰掛けて、空を見上げてみる。 うん、やっぱりきれい。 うっとり空をみつめていると、後ろからとつぜん、ぐいっと体を引かれた。 「〜〜〜〜!!!?!???!?!?」 突然のことに、声にならない悲鳴を上げる。 なに?!!なに?!!? どうしてぼく、後ろからひっぱられてるの?! 焦って顔を後ろに向けると、見たことのないひとがいた。 とはいっても、僕がみたことあるのなんて、同じクラスのひとくらいなものなのだけれど。 急になにするんだ、という意味をこめて、睨みつける。 が、 ………見えてないだろうなぁ…。 前髪に覆われているこの状態じゃ、相手から見えるのはせいぜい口元くらいだとおもう。 でも、改めて見て見ると。 …………イケメンだぁ…… 見たことのない誰か、は、とんでもないイケメンさんだった。 なんていうのかな。かっこいいのに、綺麗。 人形みたいな美しさ、っていうのかな。 柔らかそうで、ふわふわのミルクティー色の髪は、風でふわふわ揺らめいている。 なんだか、人間じゃないみたいに綺麗で。 思わず見惚れていると。 「おまえ、しにたいの?」 なんて言われた。 思ったより低い声をしてるんだなぁっ、ってどうでもいいことを、考えた。 ………ん?あれ?? …ぼく、なにをいわれたの? 唐突すぎて、整理できない。 来ない返事に焦れたのか、その美しい顔に、苛立ちが浮かんだ。 「なにがそんなに辛いのかしらねぇけど、そういう、命を軽々しく扱う奴の気持ちは、まじでわかんねぇわ。ばっかじゃねぇの」 「…………???」 ……ん? なんか僕、勘違いされてる……? 確かに毎日息苦しいことは否めないけれど。 ……"死のう"なんて思ったことは、ないんだけどなぁ…。 なんて、ぼんやりしていると、彼の眉間に、より一層しわが刻まれていく。 「オイ、なんとかいったらどうなんだよ」 「………。」 なんとかって、なんだろう。 勘違いですよっていえばいいのかな? でも彼の誤解を解くことに、何かの意味があるんだろ? たぶんない、よね? そう結論付けて、するりと彼の手から逃れた。 ……まぁ、ぼくはそもそもしゃべらないのだけど。 と同時に、予鈴がなった。 あーぁ、せっかくの時間がおわってしまったみたい。 ざんねんだなぁ……。 なんて思いながら、屋上から立ち去る。 後ろから唖然とした雰囲気がただよってくるけど、僕には関係のないこと。 屋上に通じるとびらを静かに閉じる。 そういえば。 ……なんであのひと、あそこにいたんだろう?立ち入り禁止なのに。 まぁ、ぼくもひとのことはいえないのだけれど。 でも。 「あのひとは、いきぐるしく、なかったなぁ…?」 なんてつぶやいた僕の声と、 「まじあいつ、なんなんだよ……!」 って彼の声は、 たぶん、きっと、同時に響いていた。

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