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第2話

『お前さえいなければ!!!』 『なんで生まれてきたんだよ!!!』 『うるさいうるさいうるさい!!!!』 『その顔でこっちをみるな!!!!その声で』 「『喋るな!』」 ハッ、と目を覚ました。 じとりと背中にいやなあせをかいている。 少し遠い席からきこえてくる、すみませーん、という悪びれない声をきいて、漸く我に帰った。 どうやら僕は寝てしまっていたみたい。 今は授業中、今の声は、喋っていた女子生徒2人に向けられたもの。 ここは、学校。 さっきのは、夢。 そこまで把握できて、やっと息をはいた。 ドクン、ドクン。 心臓が早鐘をうっている。 まるで、全力ではしったあとみたい。 意識して深く息を吸って、吐く。 何度も繰り返していくうちに、だんだんと鼓動が落ち着いてきた。 …夢。 そう、さっきのはただの夢で。 なにも心配することはない。 そういいきかせてみたところで、心臓のずっと奥ふかく。 モヤモヤは消えなくて。 ぺたり、と顔を机にくっつけた。 ひんやりする机が、いつの間にかあつくなっていた顔の熱を奪っていく。 ……きもちいい。 思わずうっとりと目を細めていると、不意に視界が暗くなる。 「おい、綺羅。」 その声に、びくり、と肩を揺らし、そっとみあげてみる。 そうして視界に入ったのは、ふわふわゆれる、ミルクティー色。 ……?ミルクティー色? なんだか見覚えがあるような気がして。 記憶をたどってみるけれど、これといって思い当たらない。 なんだっけ……。まぁ、思いだせないなら、しょうがない、よね。 なんて思考にふけっていると、 「随分ぐっすり寝ていたみたいだが、まだ寝足りないのか?」 目の前に立っている人物……冴木先生に問いかけられた。 それをぼんやり見ていると、形の良い眉毛を不機嫌そうにしかめて、続けた。 「放課後、数学準備室にくるように。」 やっぱり、声にも既視感を覚える。 ……まぁ、何回も授業うけてるんだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど。 それにしても。 いかにもいじめられっこといった雰囲気のせいで、今まで呼び出しなんてされたことなかったのになぁ。 今日はついてない日みたい。 冴木先生は、こちらの返事を待つようにじーっとこちらを見続けていて。 しかたがないので、コクリ、とひとつ頷く。 そうすると、漸く先生は教壇に戻っていった。 僕はといえば、今日はほんと、ついてないなぁ、なんてこっそりため息をついたのだった。 ーーーーーーーーーー ーーー放課後。 僕は、数学準備室の前で途方にくれていた。 ノックをしてみたものの、返事はなくて。 試しにドアをあけようとしても、開かない。 …呼んだのはむこうなのに、いないのってどうなの…。 まぁべつに、用事もないし、いいんだけどね…。 ずるずるとその場に座り込んで先生が来るのを待つ。 ふと顔をあげると、窓の外の青空が写り込んできた。 ーーーーあ、そっか… ここって、屋上の次に空に近いのか…。 窓に近づいてみると、すぐななめ上に、普段よく使う屋上が見えた。 うーーん、やっぱりきれい。 ………もっと、ちかくでみたい。 窓を開けて、少し身を乗り出した。 と、その瞬間。 「ばっか、だからお前、あぶねぇって!!!」 後ろから 強い力で引っ張られた。 たしかな既視感。 視界にひろがるのは。 ミルクティー色。 あ、なるほど。だから、既視感なのか。 授業中は眼鏡つけてるから、わかんなかったなぁ。 たしかに、あの人も制服着てなかった。 じぃっと、僕を引っ張った人ーーーー冴木先生の方を見つめる。 「………ハァァ。まぁいい、待たせてわるかったな、入れ。」 冴木先生はため息をひとつつくと、手を離し、先に準備室に入っていった。 先生の後ろについて、準備室にはいる。 「…………で?何かいうことは?」 「……………?」 言うこと?授業中の居眠りを謝れってことかな? よくわからないけれど、とりあえず頭を下げてみる。 ……これで、よかったのかなぁ? ちらりと先生の表情を伺ってみると、先生はなんともいえない表情をしていた。 「おまえ、ほんっと、よくわかんねぇやつだなぁ……」 参った、とでも言いたげに頭をガリガリかきむしっている。 ふわふわうごく髪をなんとなく眺めていると、パチリと目線があった。 あ、 「…………きれい」 その目は、綺麗な青空の色をしていた。 ……だから、先生と話すのは息苦しくないのかなぁ? じぃっとみつめていた目が、見開かれた。 ……ん?びっくりしてる?なにに? 「……お前、喋るんだな」 いや、当たり前だよな、人間だもんな、と気まずげに目をそらす先生の顔は、ほんのり赤い。 どうしたんだろ。 というか、 え??? 喋った????? いつ????? そこで、はっと思い当たる。 僕、さっき、きれいって………! 恥ずかしくて、顔に血がのぼりかける。 けれど、でもそれ以上の不安感が押し寄せて、血の気が引いていって。 …………きもち、わるい。 どうしよう、ぼく、しゃべっちゃった? どうし、 どうしたら、 ごめんなさい、ゆるして やだ、やめて おねが「おい!!!!!!」 その声に、ハッと我に帰った。 「………ッハ、ハァッ……、ハァッ」 息が苦しい。 ……どうして? 「大丈夫だから、落ち着いて息吐け。ゆっくりだ。そう、そのままゆっくり息しろ。」 気付いたら僕はしゃがみこんでいて、背中を、先生の大きな手がさすってくれていた。 ゆっくりゆっくり、僕の呼吸の速度にあわせて、僕をあやすように上下していく先生の手に。 だんだんと強張っていた肩から力が抜けていくのがわかった。 それと同時に、息苦しさもおさまっていく。 どうにか呼吸が元に戻った時、僕は指一本動かせないほどにつかれきっていた。 すると、それを知っているかのように、先生は僕の頭を肩に押し付けて、ゆっくりと頭を撫でた。 ふわり、となんだかお花みたいな、優しい香りがする。 人に頭を撫でられるのなんて初めてで、けれどなんだか、とっても落ち着く。 ぜんしんが、ぽかぽかしてきて、まぶたがおもくなってくる。 だめだってわかってるのに、 「大丈夫だから、一回休め」 って、優しい声に、 ぼくの意識はまどろみのなかにおちていった。

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