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第69話
(side.オトコノヒト)
「………………!」
その優しい音色は、俺の耳を、頭蓋を突き抜けて。
そうして、脳裏にこだまして、はなれない。
まぎれもなく、その声は、俺が嫌った、退けてきたそれなのに。
どうしてだろう。
その音色は、その響きは、その歌い方は。
どうしようもなく、今はもういない、彼女を彷彿とさせた。
今の自分の状況さえ忘れて、立ち尽くす。
ただ呆然と、その声の持ち主をーーーめぐむを見つめた。
ガチャン。
俺の背後で響いた、扉が閉まる音で、その音色はピタリと止んで。
ゆっくりと、その顔がこちらを向く。
そうして、その翠の瞳は、俺を捉えて。
「………………!!!」
呆然と、見開かれた。
『どうして』
その唇が、そう紡ぐのをどこか遠くに眺めながら、引き寄せられるように、めぐむのもとに足がすすむ。
近付く俺に、怯えたように、揺れる瞳。
何度だって虐げて、何度だって遠ざけてきた瞳。
あいつにしか、重ならなかった瞳。
変わらない、何も変わっていない、あいつにそっくりな顔。
それなのに。
ーーーあぁ、ほんとうに、俺はどうしようもない。
ずっと、どうしても、わからなかったことが。
あの歌声を聞いただけで、わかってしまった。
めぐむは、あいつじゃない。
れっきとした、あいつと彼女の血を引いた、"綺羅 愛"でしかないのだ。
ゆっくり、そっと、めぐむに手を伸ばす。
めぐむは、状況を処理できないのか、困惑したように、2、3度、素早く瞬いた。
「ごめん」
その言葉と一緒に、ほろりと、雫がこぼれた。
「ごめんな、めぐむ」
そういって、めぐむの髪にそっと触れる。
跳ね除けられても、拒絶されても、仕方ない。
むしろ、それが当然だと、そう思っていたのに。
「………………!」
めぐむは、少しだけ潤んだ瞳を、こぼれ落ちそうに見開いて。
そうして、泣きそうに微笑んで、それを受け入れた。
その柔らかい髪を、ゆっくりと、撫でる。
ぎこちなくて、慣れていないのが、まるわかりだ。
それも、当たり前。
だってこの手はいつだって、めぐむを傷つける目的でしか、使われてこなかった。
許してもらおうなんて、思わない。
むしろ、許されてはいけないと、強くそう思う。
それでも溢れる謝罪は止まらくて。
こんなの、自己満足の押しつけだ。
そう思うけれど、それでも。
遅すぎる後悔は、とどまるところを知らない。
そうして、夢中になっていた俺は、気付かなかった。
「やっぱり、帰ってきたね。
……待ってたよ、綺羅」
後ろに、忍び寄る影に。
「!?」
振り返った時には、もう遅い。
ガンッ。
そんな鈍い音と同時に、俺の意識は、霧散した。
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