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五 番頭の男

「胡屋さんだって? ここいらに着物を卸してる」 「へぇ、あなたが番頭さんで?」 「あぁ、すまねぇな、今かぁさんは外へ出てんだ。話なら俺が聞くよ」  そう言って、どっかりと男は私の向かいに腰を下ろした。すっきりと月代(さかやき)を剃り、目鼻立ちがはっきりとしている男前だ。唇が笑を浮かべたようにつり上がっているのは、この男の癖であろうか。少しばかり馬鹿にされているような印象も否めないが、私は気にせず商談を進めた。 「ふうん……。しかしまぁ、よくここがそういう見世だって分かったね。確かにきれいな着物が入用なときはある」 「玉屋さんの紹介で……昨晩清之介という少年がうちへ来たもので」 「清之介? あぁ、あんたがあの心優しき若旦那か!」  男は突然ぱっと顔を輝かせて、身を乗り出してきた。話が既にこの男には伝わっているらしいことに驚きながらも、私はこくりと頷いた。 「へぇえ。おっと、すまねぇな茶も出さねぇで。ちょっと待ってな」  程なく、清之介よりも更に若い少年が、私に冷たい茶と羊羹を出してくれた。私が笑顔で礼を言うと、はにかんだような笑みを浮かべて、そそくさと奥へ引っ込んでいく。 「今叩き起こしてきたから、ちょっと待ってくれよ」 「あ、それは……悪いことをした」 「いいんだよ。そろそろ飯も食わさねぇといけねぇし」 と、男はにっと白い歯を見せて笑う。さぞや女に持て囃されそうなさわやかな笑顔だ。 「飯……ここは食事も美味いらしいですな」 「あぁ、いい料理人が住み込みでいてね。料理人っていっても、俺らの母ちゃんくらいの大年増のばあさんだが」 「ほう、女性ですか」 「あぁ。ここは普通の妓楼とは逆でね、売られた息子を探しに来て途方にくれてる女達が、ここで俺らの世話をしてくれてるってわけ」 「へぇ……」 「再会なんて、なかなか出来るもんじゃねぇけど、今でも昼間はあちこち探しに出たりしてんだ。だから今は、誰もいない」 「そうなんですね」 「あ、俺は宗次郎ってんだ。よろしくな。あんたは?」 「こちらこそ。笹田貴雪と申します」 「貴雪か。あんたのこと、清之介がえらく気に入ってたからさ、ちょっと見てみたかったんだ」 「はぁ。ただ、どうしていいか分からなかっただけですよ」 「別に男が好きって訳じゃないらしいな」 「ええまぁ……」 「まぁ、仲良くしてやってくれ。女が面倒になったら、いつでもあいつが相手になってくれるからよ」 「はぁ」 「あんた、あんまり商人って面じゃねぇな。なんかこう……世捨て人みたいな匂いがするな」 「世捨て人、ですか。はは、まぁ、それに近いかもしれませんな」 「絵を描くんだろ?」 「はい」 「きれいな絵だったって言ってたからな。あんたがつがつしてなさそうだし、ここの奴らにも好かれそうだ」 「それはありがたいことです。皆様のお着物は、全て私が誂えますよ」 「そうさねぇ。うちも結構客が増えてきているから、そろそろそういう店と手ぇ組んでもいいかもなぁ。安くしてくれよ、妓楼のお下がりってわけにはいかねぇけど」 「もちろんですよ。いいお話ができると思います」 「ふうん」  終始笑顔で話をする私を、宗次郎は値踏みするように眺め回している。  その目つきが一体何なのか、男色家には縁のなかった私には分かりかねるが、そういう男と二人きりというのは居心地のいいものではない。 「……あれえ、本当に旦那だ」  しかし良い時機に、よれっとした寝間着姿の清之介が現れた。髪も結わず、浴衣も着崩れている上に、まだ眠たげな顔をしているためひどく幼く見える。 「商売熱心だねぇ。兄さんに聞いたよ」 と、清之介は宗次郎の隣に腰掛けて大あくびをした。宗次郎は苦笑し、自分の前にあった茶を清之介に飲ませる。 「お前、昨日は旦那の所でも寝てたんだろうが」 「だってここんとこ毎晩だったろ。しかも若い奴ばかり……身体がもたねぇよ」 「あぁ、そうか……。お前はまだがきだものな、少し配分を減らしてやろうか」 「うーん……でも指名があれば出るよ」 「人気が出てきてるところだし、多少出し惜しみしてもいい刺激かもしんねぇよ」 「そうかぁ」 「その分は、菊之丞がしっかりやってくれるさ。あいつは根っからだから」 「うん……それもそうだなぁ」 「あ、菊之丞ってのは、さっき店先で旦那と喋った男だ。色男だろう」 「え? あ、はい……。確かに」  突然話を振られて、私は呆然としていた意識を引き締める。本当に、この清之介という少年はここで働いているのだと確認ができたことはいいのだが、改めて見慣れぬ世界に来てしまったことを多少後悔し始めていた。 「ま、しばらくお前は旦那の相手してやんな。俺は昼から出かける用事がある。店開きまでには戻るから」 「うん」 「じゃあ旦那、ゆっくりしていってくれ。何なら奥の部屋を使ってもいいぜ」 「な、何に使うので?」 「あっはははは! すまねぇすまねぇ、旦那は違ったんだっけな。じゃあまた、主人に例の話は伝えておく。また使いを寄越すよ」 「ありがとうございます。よろしくお願い致します」 「おう」  宗次郎はぽんと清之介の頭を撫でて立ち上がり、奥へと引っ込んだ。私ははぁと大きくため息をつき、何となく肩を落とす。緊張していたのだろうか。 「宗次郎の兄さんは番頭だけど、どっちかっていうと女専門だよ」 「あ、そうなんだ」 「まぁでも、宗兄に抱いてもらいてぇっていう男もここには来るから、そういう奴の相手は惜しまずしてるね」 「……ものすごい世界だ」 「はは、まぁそうだよねぇ。菊之丞兄さんなんて、どっちでもいけるからな。あの人は本当に、男じゃないと駄目な人だから」 「ほう……」 「歌舞伎役者の超有名人にも客がいるんだ。今は菊之丞兄さんがこの見世の稼ぎ頭だな」 「確かに……お美しい顔をしていたな。涼し気な目元で」 「そうだろ?」  清之介は徐々に目が覚めてきたのか、改めて私をじっと見つめて言った。 「俺が花巻姉さんの着物着てたから、商売になるかもって思ったのかい?」 「あぁ……君が、こういうのを着る日もある、って言ったろう? それでね、もしお役に立てるんならと思ったのさ。あの着物、君によく似合っていたし」 「そうかい? ああいうのが趣味なら俺……」 「い、いやいや! 違うんだ!」  顔を輝かせて身を乗り出してくる清之介を抑えて、私は顔の前に両手を上げる。 「これからも、君に意見を聞かせて欲しい。私には、この世界にどういった物が必要なのか分からぬから。あ、もちろん楼主どののお許しが出てからだけれどもね」 「母さんはきっといいって言うだろうけどな」 「それならばこちらもありがたいね」 「ご意見ってほどのものが言えるか分からねぇけど、また家に行ってやるよ。お代はまけとくぜ、その分着物安くしてやってくれよ」 「あ、なるほど……うちでね」 「俺、昼間は寝てるか手習いだし……夜のほうがゆっくり時間取れるしさぁ。それに、旦那といるなら客を取らなくていいし」 「まぁ私はそれで構わないよ」 「さすが、大商人は懐が深いなぁ」  清之介は嬉しそうにそう言い、頬杖をついて笑顔を浮かべた。寝起きでも、その肌はやはり白粉を塗ったかのように美しく、顔立ちも整っている。  末はこの子もあの菊之丞という若者のように、人気者になるのだろうな……と私は思った。 「旦那はいくつなんだい?」 「二十五だよ」 「じゃあ宗兄と同じだね。菊之丞兄さんはああ見えてまだ十八なんだ」 「へぇ、大人びているね」 「ここにはあと十人の陰間がいるよ。また全員紹介してやるよ」 「あ、ああ、そうだな。寸法取りに来ることもあるだろうし」  にこにこと笑顔を浮かべながら喋る清之介は、まるで私に懐いた親戚の子どものようだ。そう見えてくれば見えてくるほど、清之介がこのような世界にいることが何となく信じられないような気持ちになる。  ごくごく平穏な生活を知らないこの子どもたち……さっき私に茶を持ってきた少年もいずれは……。  遊郭の女たちは異性だからか、あまりそういう思いを抱かなかったが、同性である彼らがこういった想像もつかない仕事をしているというのは、どうも心苦しいものがある。 しかしそんな同情など、苦界にいる者達にとっては無用の長物であることは分かっていたので、何も言いはしないのだが。 「次はいつ行っていい?」 「え? あぁ……別にいつでも……。私は独り身だし」 「女もいねぇの?」 「恋人という意味かい?」 「そう」 「いないなぁ、いた事もない。そろそろ縁談をと、周りの者は五月蝿いのだけど」 「まぁいい年だもんなぁ。ほんじゃあまぁ、縁談がまとまるまではいつ行ってもいいんだな」 「いいといえばいいが……」 「じゃあ疲れた時は旦那んとこに行こうかなぁ。俺、さっきも言ったけど最近忙しいからさ」 「そうか。……まぁ、ひとまずここのご主人のお許しの如何について伝えに来てもらおうか。それならお使いにもなるし」 「おう、じゃあそうしてやるよ」  清之介はそう言って私の羊羹をつまむ。 「食事を取れって宗次郎どのが言っていたぞ」 「あ、そうだな」 「君は小柄だね」 「ここへ来てからは食いっぱぐれねぇけどな、もっともっとがきのころは、食べるもんに苦労してたからなかなか背が伸びねぇんだ」 「あぁ、なるほど……」 「飯が食えるってだけでありがたいね、旦那にも分かるだろ」 「あぁ、それはとても分かる」  私が深く頷くと、清之介はにっと笑って立ち上がった。いい頃合いなので、私も席を立つ。 「では、私は帰るよ。ご主人によろしくな。あと君の兄さんたちにも」 「あぁ、伝えるよ」  清之介はひらりと手を振り、私を見送る。屈託のない笑顔だった。何だか救われるような気持ちになった。  

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