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十三 酔い痴れる

 私は夜遅くまで帳場で仕事をしていたが、そろそろ眠気に耐え切れずに大あくびをした。忙しくなるのはとても有難いことだが、奉公人をあまり雇っていないため、私のするべき仕事も必然的に多いのである。  清之介を雇い入れるにあたり、何からさせるべきかということも考えなければならない。  もちろん、平三と同じく店先の掃除を始めとした雑用からやらせるのが妥当であるが、店の者に馴染むまでの間はあまり外には出さず、店内で出来る仕事からさせるべきではないかとお土岐は言った。  まずはおさんどん、と主張するお土岐に対し、紋吉は割り切ってすぐにでも外に出すべきだと言い張る。決めるのは私であるため、今夜のその話し合いはそこで幕を下ろしたというわけだ。  清之介のことを話し合える者がいるということは、私にとってとても有難いことだ。早く二人に、清之介を紹介したかった。  ふと、店の雨戸を叩く音に顔を上げる。  こんな時間に訪ねてくる者など、今となっては清之介くらいのものなので、私は大して驚きはしなかった。しかし、身請けの話が出てすぐということもあり、私はなんとなく不安な思いを抱えつつ戸をそっと開いてやる。  予想通り、そこには花巻に贈るはずだった着物を纏った清之介が佇んでいた。  不安気で緊張しているような表情をしているのを見て、私はすぐに彼を店の中に入れてやる。 「……どうしたんだい。昨日の今日でここに来るなんて。それに、その格好……仕事だったのか」 「ううん。違うんだ」 「なにかあった?」 「いや……そいうわけじゃねぇんだけど」  歯切れの悪い清之介に、私は首をひねることしかできなかった。清之介は暗い店の中を見回して、気を取りなおしたように言った。 「母屋の方に行ったんだけど、いないようだったからこっちに来たんだ。まだ仕事だったのかい」 「ああ、ちょっと仕事がたまっていてね。君がここ働くようになったら、手伝って貰いたいことは山のようにある」 「そっか」  清之介は嬉しそうに笑う。その笑顔を見て少し安心した私は、硯を片付けて燭台を手にした。 「さぁ、もう寝るところなんだ。話なら母屋の方でしよう」 「うん……」  清之介の背を軽く押して母屋へ入ると、いつもの翁が玄関先に座り込んでいるのが見えた。私は軽く挨拶をすると、彼をもいつものように玄関の中に招き入れる。清之介はちらりと翁を見て、すぐに顔を背けた。 「宗次郎さんに、話をした?」 「……うん」 「そうか。浮かない顔をして、反対されたのか」 「ううん。そういうわけじゃねぇ」 「そうか。なにか不安なことでも?」 「……旦那」 「ん?」  自室に戻って燭台の火を行灯に移す。清之介は文机の前に座った私のすぐそばに膝をついて、物言いたげな目つきでじっと私を見つめてくる。  何故だか分からないが、心臓が跳ねる。清之介はそっと私の肩に触れ、伸び上がって私に唇を寄せてきた。 「せ、清之介……?」 「……旦那、今夜は、俺の好きにさせてくれねぇか」 「え」  清之介はそっと私に唇を重ね、首に腕を絡ませてくる。その行動に驚いたのと清之介の体重に身を押された私は、がたんと文机に背中をぶつけて、慌てて清之介の腰を両手で支えた。  膝で立ち、ぎゅっと私にしがみつくように抱きつく清之介を抱き返しながら、私はどくどくと早鐘を打ち始めた心臓の音を聞かれないように、小さく咳払いをする。  見世から何か言われてきたことは容易に想像がついたが、私はそのことについては触れないでおこうと思った。 「清之介?」 「頼むよ、旦那。俺のこと、全部買ってくれるって言ったろ。身も心も、俺の未来も、全部旦那のもんだ。だから……」  清之介は少し身を離して、腰を抱く私を少し上から熱っぽい目で見つめる。ぴったりとくっついた身体が、徐々に熱を持つのが分かる。 「わ、私は、そんな……」 「したいんだ。ずっとずっと、我慢してたんだよ、俺。これは儀式だと思って、我慢してくれよ。旦那はただ寝てりゃいいから」  ついに押し倒されてしまった私は、ごくりと唾液を飲んで清之介を見上げることしか出来なかった。彼は小さく首を振って結っていた髪を解き、私の上に馬乗りになると、再び、私と唇を重ねる。  接吻はしたことがない、とこの間言っていたばかりということもあってか、彼の動きはまだまだ遠慮がちで拙い。それでも、私の唇をついばむ清之介の唇の柔らかさは、ひどく心地よく、どこか淫靡だった。  私は手を伸ばして清之介の後頭部を撫でながら、少し自分の方へと引き寄せる。下から清之介の唇を舌で割り、その暖かい口内に侵入すると、ぴくりと私の上で身体が震えた。おずおずと私の舌に絡まろうとしてくる清之介のそれを絡め取り、より深く唇を重ねながら、私は彼の背をぎゅっと強く抱き寄せる。 「……っは……んっ……」  心地よさそうな嘆息を漏らす清之介を抱きしめながら、私は夢中になって彼の舌を吸っていた。濡れた音が、私の衝動を加速させる。  腹の上に跨っている清之介の尻から太腿を撫で、背中で締めている帯を解く。着物をはだけ、長い黒髪を乱す清之介の姿は妖艶だ。頬を真っ赤に染めて私を間近で見つめる目が、徐々に潤んで揺れてくる。  もどかし気に自分で帯を抜くと、清之介は私の着物の襟元をぐいと開いて胸を舌で転がし始める。そして同時に、右手で私の根を扱くのである。  上半身のくすぐったさと、下半身の逆らいがたい快楽に私はため息を漏らす。清之介の背に手を回すと、彼は顔を上げて今度は私の首筋に舌を這わせ始めた。 「んっ……」  いつも以上に快楽をもたらす清之介の手管に、私はどうしようもなく興奮していた。清之介を抱き寄せ、その小さな耳を舐めくすぐると、清之介はびくっと身体を縮めて小さく呻く。  大きくはだけてしまった着物は、彼の肘にひっかかって辛うじて止まっている。そのしどけない姿も、そこからむき出しになった白い肌の艶やかさも、絵のように美しいと思った。 「……きれいな、肌だ」  更に耳元でそう囁くと、清之介は顔を上げて少し微笑んだ。首の後を掴んでやや強引に唇を重ねると、清之介も身を乗り出してより積極的に私に唇を押し付ける。 「……ちょっと待ってて」  清之介はそう言うと、私の太腿に馬乗りになったまま身を起こし、右手を自分の尻へと回した。尚も左手は私のものを休むことなく扱きながら、これから私と重なろうとする部分を自身でほぐしているのだ。  行灯の火が揺れる。  背筋を伸ばし、かすかに腰を揺らしている清之介は、うっとりと私を見つめたまま頬を染め、微かに呼吸を早くする。見たこともない行動をとっている清之介から、私は目が離せなかった。  無駄のない身体に滑らかに影が堕ち、腰でひっかかった着物がきらりと光る。 「……私が、しようか」 「ううん、いいんだ。旦那は、寝ててくれたらいい」  熱い吐息とともに清之介はそう言うと、指を抜いて私の腹の方へと移動する。  もう一度唇を求めて顔を寄せる清之介を抱き寄せ、肌と肌で触れ合うさらりとした温もりに酔う。  肩甲骨の浮いた背中を指先で撫でると、清之介は背を仰け反らせ、息を漏らしながら私の唇を優しく吸った。 「……旦那の口は、上品なことしか言わねぇのに、動きは随分いやらしいんだな……」  清之介は私の頬に触れながらそう言って、笑った。 「そうかい?」 「うん……初めて接吻したときから、思ってた。手つきも……そんなことしそうにないのに、すごくいやらしい」 「……帳簿をめくるか、絵を描くしか能のない手だよ」 「そんなことねぇよ。……すごく、気持ちいい」  私は宝石のように潤んできらめく清之介の目を見上げながら、微笑んだ。頬に触れ、落ちてくる髪を掻き上げてやりながら頭を撫でると、清之介もまた嬉しそうに笑った。 「もう挿れていい……?」 「……うん、その……痛くないのかな」 「大丈夫、香油があるから。それに旦那のこれ、けっこう濡れてるし」 「……うっ」  ぎゅ、と先端を擦られて私は呻く。確かにぬるりとした感覚がそこにはあり、感覚は鋭くなっていくばかりだ。  清之介は腰を上げて、私のものをそこへ充てがうと、ゆっくりと腰を動かしながら身体を沈めていく。私の顔の横に手をついて、一瞬たりとも私から目を離さない両の瞳が、細くなる。 「はっ……はぁっ……」  今まで感じたことのない感覚が、私の下半身を襲う。女のそれよりもずっと私を強く締め付ける清之介の身体が、徐々に徐々に私を飲み込んでいく。急激な快感の高まりに、私は思わず声を漏らしていた。 「うっ……清之介……」 「あぁ……はぁ……」  全てを飲み込んだところで、清之介は微かに震えながら、力が抜けたようにがくりと私の上に倒れこむ。  私は気を抜けば喘ぎ声を上げてしまいそうになるほどの快楽を何とかこらえながら、清之介の艶やかな背を抱いた。 「大丈夫……なのか」 「はぁっ……だんな……俺……」  清之介の腰がゆっくりと動き始める。器用に上下に動くたび、私は思わず大きく息を吐き出す。    ――……なんて気持ちがいいんだ。  清之介は陰間だ。今までも大勢と、こうして同じ事をしてきたに違いないのは分かっている。そして今自分も、その大勢の客と同じよえに、この少年の身体に快楽を感じ、酔い始めている。  他の男達と自分は違う、とどこかで思っていた。しかし、繋がってしまった時点で、私はその他大多数と同じ場所まで堕ちたのだと感じた。  でも、やめられない。もっともっと、清之介を抱きたいと思った。 「あっ……ぁっ……だんな、気持ちいいかい……?」 「んっ……あぁ、すごくいい……」 「そうか……よかっ……た」  清之介は少し腰の動きを早めながら、私に唇を重ねる。  貪るように清之介を味わい、彼の上下する小さな尻を掴む。汗ばみ、濡れた肌に触れたことで、私はまた一層興奮しており、気づけば清之介を下から突き上げるように腰を振っていた。 「あっ! ……だんな……っ! んっ、あぁ……」 「はぁ……はぁっ……すまない……止まらないよ」 「あんっ……んっ……! まっ……てくれよ、俺が……いっちまう」 「私ももう……限界だ」 「このまま、中に、出して……俺、平気だから……」 「でも……っ」  そんなことをしてはいけないと思うのに、腹の奥底から湧き上がる強烈な欲に突き動かされ、私は更に激しく清之介を穿った。その度、清之助は「あ! ぁうっ、……ぁ、はぁっ……」と熱い喘ぎを漏らしながら、激しく揺さぶられ天を仰いだ。  そして私は、搾り取られるように、清之助の身体の中で果てていた。清之介もまた小さく呻いて、ぎゅっと私にしがみついて離れない。尚も微かにいやらしく蠢く清之介の細い腰を掴んだまま、私はその身体を汚していた。  清之介の背中を抱きしめたまま、私は強烈な快楽にくらくらする頭をなんとか正常に戻そうとした。  汗でしっとりと濡れた清之介の肌を胸で感じながら、すぐそこにある彼の肩口にそっと口付ける。 「……清之介……」 「……なんだい」 「すまん……」 「どうして謝るの」 「お前の、身体に……」 「いいよ。いいんだ。俺、旦那のもんならなんでも欲しい。他の客にはしないんだよ」 「え……?」 「中で出してなんて言わねぇよ。それに、しゃぶってても自分から飲み込んだりしない。接吻もしない……。旦那だけだ」 「……そうなのかい」 「客全員にそんなこと言ってんだろって、思うだろうけどさ……これはほんとだよ。旦那は特別だ」 「……どうして」 「分かんねぇよ、俺にも。でも旦那は、俺を大事にしてくれる。人間として扱ってくれる、いろんなことを教えてくれて、育ててくれようとしてる。……それがすごく、嬉しいんだ。今の俺にはこれくらいしか、旦那に返せるものがない。だからせめて、気持ちよくなって欲しいんだ」  清之介は私にしがみついたまま、とつとつとそう語った。私は彼の背と頭を撫で、彼の声を聞きながら、ふと何故か泣きたくなった。  清之介を愛おしいと感じたからだ。  抱きしめる腕に力を込めて、私はぎゅっと清之介を強く引き寄せる。かすかな香の香りのする首筋に顔を埋めて、私は呟いた。 「……ありがとう」 「なんで旦那が礼を言うんだ」 「や、なんとなく……」 「おかしな人だ」  清之介は身体を起こして笑うと、つながっていた身体を抜き去った。私の浴衣の上で交わる格好になっていたわけだが、そこに白い半透明の液体が点々と沁みをつくる。  清之介の身体から溢れた私の体液だった。 「……風呂にはいるかい」 「いや、手間だろ」 「水を張ったままだから、温めるだけさ。こんなに汗をかいて、身体が冷えてしまうよ」 「……ほんと、旦那は変わってる。俺みたいなのに風呂を薦めるなんて」 「何を言っているんだ。もうすぐお前はここで暮らすんだよ。俺みたいなの、なんてことないだろう」 「……うん」  畳にへたり込んで着物を直していた清之介は、嬉しそうに笑って頷いた。その笑顔が思いの外愛らしく、私は立ち上がりかけた所でもう一度膝をつき、清之介を抱きしめた。 「旦那……」  私は何も言わなかった。清之介が私にもたれかかり、ぎゅっと浴衣を掴むのを感じて、幸せだと思った。

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