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十二 値踏み
藍間屋の二階、客間の並ぶ襖の一番奥に、宗次郎の部屋はある。なつ江は吉原住まいではなく、浅草に小さな家を持っているため、夜更けにはそちらに帰るのが常だった。宗次郎を信頼し、全てを任せているわけだ。
階段を裸足で登ってきた清之介を見て、二階番の翁が顔を上げる。今日も客間には、幾人かの客が陰間を買いに来ている。
襖の向こうで行われていることは、安易に想像がつく。清之介は微かに漏れ聞こえる仲間の声、客の声をどこか遠くに聞きながら奥へと進む。
宗次郎の部屋の前で膝をつき正座をして、清之介は呼吸を整えた。
「兄さん、俺です」
「おう、入れ」
きちんと指を揃えて襖を開くと、床の間を背に脇息に凭れて煙管をふかしている宗次郎が見えた。
清之介はきちんと膝を揃えたまま襖を締め、三つ指揃えて宗次郎に頭を下げる。
「よろしくお願い致します」
「さすが、礼儀作法は花巻仕込みだな、堂に入ってら」
「ありがとうございます」
宗次郎は煙管を咥えたまま清之介に近づき、手首を掴んで立ち上がらせた。身にまとった青い着物……本来は花巻が着るはずだった胡屋からの祝いの品を見下ろして、宗次郎は薄く笑った。
「お前に誂えたみたいに、よく似合う」
「……はい」
「こっちへ来な」
格子窓の下に敷かれた一組の布団の上に、宗次郎は清之介を乱暴に座らせた。清之介は嫌がるでもなく表情を変えず、されるがままに布団の上に腰を下ろした。
行灯の火が揺れて、きらきらと着物に織り込まれた金糸をきらめかせる。宗次郎を見上げる清之介の目も、同じように揺れてきらめいていた。
「さて、何からしてもらおうかな」
「なんなりと」
「ふうん」
宗次郎は煙管を火鉢の上に置いて、袖を抜き上半身を晒した。逞しく鍛え上げられた身体が、薄暗闇に浮かび上がる。宗次郎は窓を背にして座り込むと、片膝を立ててにやりと笑った。
「こっちへ来て、俺のをしゃぶりな」
「……はい」
言われるまま、清之介は宗次郎の股ぐらに顔を埋め、重量のあるそれを手にとって口を寄せる。先端を舌で舐めながら竿を白い手で扱くと、それはすぐに硬さを持ち始める。充分に立ち上がってきた所で、清之介はそれをゆっくりと口の中に含み、舌を絡ませるようにして愛撫を始めた。
「……うまくなったもんだな」
宗次郎の手が、清之介の頭を撫でる。黒い髪を弄び、長い睫毛を伏せて熱心に自分の根をしゃぶる姿を、じっと見下ろした。
「これは、旦那にもしてやってんだろ」
「……」
「たまらねぇだろうな旦那も、こんなことされたんじゃ。いくらその気がなくたって、そろそろお前のことを抱きたいと思っているかもしれねぇよ」
宗次郎はぐいと清之介の髪を引っ張って顔を上げさせると、自分の唾液で唇を艶めかせている清之介の顔をじっと見つめた。糸をひく唾液を、清之介はぐいと拳で拭う。
「寝ろ」
「……はい」
清之介は素直に布団に横たわり、じっと宗次郎を見上げた。
宗次郎はそんな清之介の上に覆いかぶさるように手をつくと、自分を見上げる大きな目をしばらく見つめていた。
いつもの明るく屈託の無い清之助の目は翳り、表情もなく、諦めたように自分に抱かれようとしている清之介の姿を見ていると、胸がどうしても痛んだ。
「……俺の舌を吸いな」
「え……」
「できねぇのか。金を払うと言ってるのに」
「……いいえ」
清之介は微かに眉根を寄せ、意を決したように宗次郎を見上げる。ゆっくりと顔を近づけると、清之介は目を閉じて薄く唇を開いた。
それ以上、近づけなかった。
鼻先が触れるほど近くにいる清之介のことが、ひどく遠く感じる。昨日まであんなに自分を頼って笑顔を見せて、懐いてくれていた弟分だったのに、ここに横たわっているのはまるで他人のようだ。
「……」
宗次郎は溜息をついて、清之介の上からどいた。戸惑ったように顔を上げ、上半身を起こした清之介に向けて、宗次郎はあえてぶっきらぼうな口調でこう言う。
「あのな、そんな嫌そうな面されたら、こっちは勃つものも勃たねぇよ。お前、いつもそんな顔で客取ってたんじゃねぇだろうな」
「……そんなことねぇよ」
「本当かよ。お前がそんなだから、大外の旦那も手荒い真似してきたんじゃねぇのか」
「……」
「ったく、それまではそこそこの評判だったから気にしてなかったが、貴雪の旦那と知り合ってからのお前はどうもいけねぇな。今のお前じゃ、陰間としての値段も付けられねぇよ」
「……宗兄」
「値段が付けられねぇ代わりに、条件を一つだそう。身請けされる前に、旦那にしっかり抱いてもらって来い。もちろん、翁をつけて見張らせるぜ。旦那にその気がなくても、その気にして最後までやれ。身も心も若旦那に買っていただくんだってことを、てめぇの身にも思い知らさなきゃなんねぇからな」
「……でも」
「でもも糞もない。いいな、この条件については旦那には言うな。お前がやるんだ。じゃなきゃ、お前は売らない」
「……身請け金は?」
「今のへたれたお前じゃ、どうせこの先値段も下がって行ってたことだろうさ。この見世の名に傷が付く前にいい値で買ってもらえて、うちも大助かりだな」
「……」
清之介は横座りをしたまま、目を瞬いた。
これは宗次郎なりの思いやりなのだろうか……という考えが頭をよぎる。しかし、いつもよりずっとつんけんした様子の無表情な宗次郎の考えは、見えにくいのも事実だった。
「今から行ってこい。まだ寝入るには早い時間だろ」
「今から?」
「ああ、着物も乱れる前で良かったじゃねぇか。おら、立て」
半ば無理やり立たされて、清之介はよろめきながら部屋を追い立てられる。
宗次郎はそこに控えていた翁に言いつけて、清之介を胡屋まで連れて行くように命じた。戸惑ったように宗次郎を振り返る清之介が階段の向こうへと消えていくのを見送って、宗次郎は大きくため息をつく。
「泣かせるじゃねぇか、家族愛か」
すっと隣の部屋の襖が開いて、菊之丞が姿を見せる。
乱れた着物を直し、髪をかきあげながら気怠く笑うと、廊下へ出てきて襖を閉めた。
「客ほったらかすな、馬鹿」
「寝ちまったからいいんだ。ああやって、こっちに申し訳ないとか思わせねぇために、あんなつまらねぇ小芝居打ったんだろ」
「……てめぇ、どっから聞いてた」
「ふふ、宗次郎の芝居はくさいからね、俺ほどになるとすぐに気づいてしまうのさ」
「ったく、油断も隙もねぇ」
「うまくやるかね、あいつは」
「まぁ。……大丈夫だろ、あいつなら」
「ひどいこと言ってた割に、信頼してるみたいじゃねぇか」
「……ふん。可愛い弟分を、無理やり手篭めにしようなんて趣味俺にはねぇよ。あいつが俺たちとは違う人生を歩けるってんなら、堂々と応援してやりてぇが……簡単にはいかねぇから」
「そうだねぇ」
菊之丞は肩をすくめて笑うと、ぽんと宗次郎の肩を叩いてこう言った。
「ま、俺があいつの分まで稼いでやるさ。心配しなくても、俺はどこへもいかねぇぜ」
「お前は本物の変態野郎なんだ。こんな居心地のいいところねぇだろ」
「言ってくれるじゃねぇか。ま、否定はしないがね」
菊之丞は肩を揺すって可笑しげに笑い、小首を傾げて宗次郎を見た。
「宗、寂しいなら相手になってやるぜ」
「……いい、お前は俺の手に余る」
宗次郎はそう言って、苦笑した後大あくびをする。
菊之丞も低く笑い、少しばかり寂しげな声で「だよな」と呟いた。
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