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第1―12話
12月25日、午前9時。
高野は激しい頭痛で目が覚めた。
ズキンズキンと頭が割れそうだ。
それでも何とか瞼を持ち上げる。
するとそこは見慣れた寝室ではなく…
「…あ、小野寺んちか…」
フラフラと起き上がり、ヨロヨロと歩いて寝室のドアを開ける。
するとソファに座っていた小野寺がパッと立ち上がる。
小野寺はもう通勤着でいる。
「高野さん、おはようございます!」
小野寺は元気良く挨拶をすると、キッチンに走って行ったかと思うと戻って来た。
手には500ミリリットルのペットボトルを持っている。
「喉乾いてるでしょう?
これ、どうぞ!」
「…どーも」
小野寺の勢いに若干押され気味になりながら、スポーツ飲料のペットボトルを受け取る。
ペットボトルに口を付けると、喉の乾きを自覚し、一気に飲み切る。
そんな高野を小野寺はニコニコ笑いながら見上げて言った。
「そこのローテーブルに頭痛薬と胃薬用意しときましたから、良かったら飲んで下さい。
高野さんのコートはそこに掛かってます。
バッグとセーターはソファの上です。
俺んちの鍵もローテーブルに置いておきましたから、使ったら郵便受けに入れといて下さい。
それじゃあ、お先に!」
小野寺は言うだけ言うと、部屋から出て行ってしまった。
高野は呆然と立ち尽くす。
頭痛薬と胃薬と鍵が並べられたローテーブルに視線を落とす。
たぶん自分は昨夜酔い潰れてしまったんだろう。
それで小野寺は前もって、薬を用意してくれていたということらしい。
ソファの上のセーターを見て、自分が小野寺からのクリスマスプレゼントのカーディガンを着たまま寝てしまったことに気付く。
高野は幸せそうな笑みを浮かべながら、胃薬と頭痛薬をバッグに突っ込み「まずはシャワーだな」と呟くと、バッグを肩から掛け、コートをハンガーから外し片手で掴み、小野寺の部屋の鍵を使って戸締りをし、隣りの自宅へと帰って行った。
高野は12時過ぎに出勤した。
エメラルド編集部の編集部員は、高野以外全員出勤していた。
「はよー」
高野が挨拶すると、みんなからも
「おはようございます」
と返事が返ってくる。
高野は編集長席にドカッと座ると、編集部を見渡す。
皆の様子はそれぞれだ。
副編集長の羽鳥はすこぶる機嫌が良さそうだ。
普段のポーカーフェイスが完全に崩れている。
そしてなぜか高野と目が合うと、高野が椅子の中で後ずさるくらいの、完璧な笑顔で笑いかけてくる。
対して美濃は通常通り。
木佐は腰が痛いのか片手で腰を押さえて、前のめりで仕事をしている。
その木佐の隣りの小野寺は。
美濃と変わらず通常運転だが、羽鳥ほどではないが、いつもより機嫌良く一生懸命仕事をこなしている。
対する高野は。
二日酔いという程ではないが、少し頭痛がするし食欲も余り無い。
まあ仕事に差し支えることは無いだろう。
それよりも、昨夜泥酔して小野寺に迷惑をかけていたら謝らなければ…と高野にしては殊勝なことを考えていた。
いでででで!腰が痛いよおぉぉお!!
木佐は腰に湿布を貼りまくっているが、鎮痛剤も飲んだ方がいいかと考える。
あの夜景を見に行って帰った後の、雪名と木佐のテンションは最高潮だった。
風呂で身体を洗うのももどかしくセックスをし、風呂から上がってシャンパンを飲みながらセックスをし…を繰り返し、気付いたら朝だった。
朝日が黄色く見えるなんて何年ぶりだろう…
木佐が夢現でベッドに横になっていると、雪名は1時間程仮眠を取ると朝食を作ってくれ、普通に大学に登校して行った。
流石、21才恐るべし…
木佐は青い顔で雪名を見送ると、またベッドに横になった。
そしてスマホのアラームで目覚めて、腰が痛くてたまらないことに気付いたのだった。
吉野のスマホが鳴る。
スマホに表示された名前を見て、思わず赤くなる。
吉野はおにぎりを皿に戻し、電話に出る。
「…はい、吉野」
『俺だ。メシは食ったか?』
吉野の視線がローテーブルに移る。
目の前にはおにぎり二つと出汁巻き卵と冷蔵庫にストックされたおかずを温めたもの。
「…今、食ってる」
『そうか。ちゃんと昼飯は食って間食はするなよ。
今夜、夕食を作りに行くから』
「はあ!?今日も早く帰れるのかよ!?」
昨日もクリスマス・イヴだからって定時に上がったくせに!!
それに当分、トリには会いたくない。
俺は怒ってるんだからな!!
あ、あんな恥ずかしいことしやがって!!
用意万端だったのが、また腹が立つ…。
最初からそのつもりで、あの夜景スポットに連れて行かれたんだ!!
吉野が昨夜羽鳥にされたことを思い出し怒りに震えていると、羽鳥が涼しい声で言った。
『当たり前だろう。
そのつもりで仕事を進めていたんだから。
今日はクリスマスだぞ?』
「…へ?クリスマスは昨日…」
『昨日はイヴだ。
今夜が本当のクリスマスだ。
あ、そうだ。風呂も入っとけよ。
あ、湯船にも浸かれよ。
メシの後、マッサージしてやるから』
「…マッサージ?」
『身体が痛くないか?
流石に車は狭かったからな。
じゃあまた後で』
吉野の返事を待たず通話が切れる。
吉野はスマホをクッションに叩き付ける。
車が狭いのは最初から分かってるだろーがっ!!
翌日マッサージするくらいなら最初からすんな!!
吉野は食べかけのおにぎりを掴み、ヤケクソ気味にかぶりつく。
そして、はた、と気付く。
『昨日はイヴだ。
今夜が本当のクリスマスだ。』
って言ってたよな、あいつ…。
『本当のクリスマス』ってまた何か企んでるんじゃ!?
「嘘だろ~~~!!」
吉野はさっきまであんなに腹立たしかったマッサージだけで終わりますようにと祈るのだった。
高野が喫煙室に入ると顔見知りの先客がいた。
桐嶋と横澤だ。
二人は高野を見た途端、微妙な顔をした。
高野は特に気にすることも無く、一人分空けて横澤の隣りに座る。
高野が煙草に火を点けると、桐嶋が立ち上がった。
「俺もう行くわ」
「あ、じゃあまた」
和やかに交わされる桐嶋と横澤の挨拶に、高野も軽く頭を下げる。
桐嶋が高野ににっこり笑いかける。
「高野って見た目の割りに繊細だと思ってたけど、意外と大胆なことが好きなんだな。
見直したよ、良い意味で」
「…ありがとうございます」
不思議顔の高野を残し、桐嶋が喫煙室を出て行く。
高野がふと隣りの横澤を見ると、横澤は苦々しい顔をしていた。
「横澤、どうした?」
「俺は…良くないと思う」
「は?」
横澤が煙草を揉み消すと、立ち上がる。
「普通に考えてみろよ!
恥ずかしいに決まってんだろ!
俺は小野寺の味方だ!」
横澤は怒鳴りながらビシッと高野を指差し、なぜか顔を赤くして走り去ってしまう。
一人ポツンと残された高野は、「二人とも何なんだ…」と呟くと、まだ少し痛い頭を振り、煙草を深く吸い、煙りを吐いた。
~fin~
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