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11 〜シップ エッ〜
少しうとうとしてから目を覚ますとカドリさんが心配してくれていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、ご心配おかけしました。もう大丈夫です。」
うん、何とか落ち着いた。
まずは職人4人と見習い4人を抱える工房内を見せてもらって、更に原石を見せてもらう。2つに割ったジオード!水晶のクラスター!エメラルドの母岩付き結晶!って博物館か!?
なんか貴族や裕福な商人が工房見学に来る事があるようで色々置いてあるらしい。エメラルドの結晶は大きくて色もキレイなのにクラック、つまり天然のヒビが入っていて磨けないのを見本にしたそうだ。おれ大興奮!!
「お気に召しましたか?」
「はい!おれ原石が好きで、しかもこのエメラルドの色…!!」
「こんな物も珍しいと思いますがいかがです?」
「トラピッチェエメラルドォォォォ!!」
説明しよう!
トラピッチェとはサトウキビ絞り機の事で、その歯車に似た模様が入っている事から命名された特殊なエメラルドの事である。中心に六角形、その角から放射状に伸びる線で形作られる模様は中心部が小さいと3本の線が交差したように見えるし、中心の六角形が大きいと亀甲模様になる。
自然の産み出す奇跡がここに!!
「…装飾品にして、さしあげましょう。」
「とんでもない!!こんな稀少なもの、いただけません!でも、売れるまでは時々見せてもらいに来ても良いですか?」
「もちろんです。いつでも見られるよう、店に置いておきましょう。」
「ありがとうございます!」
他にもスターサファイアとかオパール化した化石とか見せてもらってとっても幸せ!
「宝石を見に来た訳じゃないでしょ?」
呆れるエルヴァンに言われて本来の用件を思い出した。
「そうだった!石を磨く時に粉が出ますよね?それってどうしてますか?」
聞いてみると数種類は顔料としてすでに染物屋さんに卸しているらしい。赤、緑、青、水色、黄色。鉱物には毒性のある物も多いから染物屋さんと薬学博士に相談しよう!
「…言いにくいのですが…、紹介するつもりだった薬学博士は先ほどの医者でして…あんな行動をとるとは思わず、連れて来てしまったのですが…他を当たりますか?」
医者としての資格を持った上で薬学研究をしている人だった。
ちょうどいたから連れて来たけど、ジェミルと揉めてたからね。心配になるよね。
「薬学知識は本物なんでしょう?」
「それは保証します。この国で3人名を挙げろと言われたら必ず彼の名が挙がります。」
「それならぜひお願いします。」
不満そうなジェミルの手を握って笑顔を向けると、頬を染めて目を逸らした。だってあんなに美味しくて飲みやすい薬を作ってくれる人だよ?またあの薬は必要になるだろうし、仲良くしたいです!
「オレの協力を仰ぎたい、って?」
「はい。新しい化粧品を作りたくて、毒性がなくて乾くと薄い膜のようになる物を探しています。」
「化粧品?」
「はい。それで油を燃やしてできる煤を練って細い筆で化粧をしたいんです。」
「ほれ、わしもいつもと違うだろう?」
「…言われてみれば、違う…か?」
「こんなに違うじゃろうが!」
「オレはサキにしか興味ねぇんだよ。…コイツほどの美人ならともかくな。」
こっちの人はみんな微妙な違いを見分けるのかと思ったけど、そうとも限らないらしい。
「なら私はどう?」
「…アンタは良いな。サキだし、すげぇ美人だ。」
「ありがとう。でもこれから作りたい化粧品の見本で顔を作ってるから、その化粧を落としたらそこそこになってしまうわ。」
「へぇ、素顔か。興味あるな。」
ナンパかな?
まぁいいや。説明のためにエルヴァンの化粧を落として見せた。
「これは驚きだな。こんなに小さな部分がここまで全体の印象を変えるなんて…。けど素顔も良いな。」
「まぁ、ありがとう。」
「…で、心当たりはあるのか?」
いちゃいちゃは後回しにして下さい。
ジェミルの質問に医者で薬学博士のイザーニがにやりと笑う。
「無い事もないな。代償は金か?」
「えっと…お金はまだ…」
「私が出す。いくらでも出す。だから協力してくれ。」
カドリさんがスポンサーを買って出てくれた。
「ただし、私としては出来るならこれは外に出したくない。」
「そうなんですか?」
「申し訳ないが、これがどれだけ国を揺るがすか想像もつかないのです。ですからしばらくは極限られた人間で秘匿すべきかと。」
「そうね…。それも良いかもしれない。始めから充分な量が確保できる訳ではないでしょうから、作れる量を見てから決めましょう。」
なるほどなー。
まだどれくらい日持ちするか分からないし、アレルギーも出るかもしれない。時間をかけて使い勝手が良くて安全な商品にしないとね!
薬学博士の心当たりと染物屋さんの染料との相性もある。化学反応を起こして有毒化したり変色したりしては思うものは作れない。
生憎とカドリさんは午後は会合準備のために戻らなくてはならなくて。染物屋さんへはおれたちとイザーニさんで行くことになった。歩いて30分ほどの距離だそうだ。
研磨工房も染色工房も大量に水を使うのと匂いや粉塵がでるのとで町の郊外にある。だから近いんだ。
染物屋さんは独立したばかりで弟子を取らずに1人でやっている。
そしてイザーニさんはそっちも知り合いらしかった。お医者さんなら顔も広いか。
メイクし直したエルヴァンと寄り添っておれたちの前を歩くイザーニさんは、エルヴァンの肩を抱いている。エルヴァンもまんざらではないようだ。
「あの2人、付き合うのかな?」
「…エルは自分の役に立つ人間を囲い込みたがるから取り巻きの1人にするかも知れないな。」
「取り巻き?」
「服屋のベルケルや食堂のギュルセル、他にも数人いるはずだ。」
「そんなに!?…それなのにジェミルの事も襲うの?」
「俺は…身体の相性が良いとか何とか…」
「へー、エルヴァンてすごいねー。」
絶倫てやつかぁ。
「1人じゃ満足できないんだ?」
「恥ずかしいんだけどね。」
あ、聞こえてた。しかも全然悪びれる風も無く…文化の違いかな。イザーニさんはその後も口説き続けた。
染物屋さんに着くと、顔見知りのイザーニさんがおれたちを紹介してくれた。
染物屋さんは今まで見た人の中で一番ジェミルにそっくりだった。もしかして「型押し」ってやつ?失礼な言葉らしいから口には出さないけど、少し納得した。
「…つまり、新しい化粧方法のために毒性の無い顔料や染料が欲しいって事だな?」
「はい。顔は少しの刺激でも荒れますから毒性が無く日持ちがして発色の良い物を教えて欲しいんです。」
「インチェフィンかヤータバクスと混ぜても問題ないやつな。」
「…面倒だな。」
えー?ダメなの?
「じゃあ孔雀石と赤鉄鉱とラピスラズリが安全かどうかだけでも教えてくれませんか?」
「…孔雀石とラピスラズリはインチェフィンと相性が悪いと思うが…」
がたたたたっ!
家の方から大きな音がした。
誰か居るのかな?
「マサキ!!」
ん?
日本人の名前に聞こえたけど、まさかね。慌てるレンキさんの後をイザーニさんが追った。ついて行って良いのか迷う。
「心配だわ!行きましょう!!」
エルヴァン…それ好奇心だよね?
戸惑うおれたちを引っ張ってエルヴァンはレンキさんの家に入った。
「勝手にうちに入るんじゃない!」
「いやいや、怪我したんじゃないか?診てやるよ。」
「出てい…」
「痛っ!」
レンキさんが抱きしめてる人物が声を出した。
この国では珍しい色白でぽっちゃりした小柄な人。子供かな?
「ほら、診せろ。」
「あの…足を少し捻っただけだから、大丈夫です。」
目の前に医者がいるのに怪我人を診せたくないなんて、診察代が高いのかな?
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