32 / 32
32 〜サームシップソーン〜
「お早うミチル!今日はこれ、使って見て!」
試作品のアイラインだ。
昨夜、こめかみと耳の後ろに使って見て問題なかったのでいよいよ瞼に試す。
しかも使って見て気づいた事があった。
なんと樹液は色を付けずに少し乾き始めたところで使うと塗るタイプのアイプチになることが判明。おれはアイプチとして使って見た。
カ ン ペ キ !
まぁ、すでにあちこちで素顔晒してるからなくても良いんだけど。気分でね。あと囮の人にも使えるかも知れないしね!!
「やっぱりミチルは別格だわ。」
って、エルの尊敬が増した。
何かの時に取っておこうとアイプチを落としてギルドへと向かった。
ギルドに着くと囮に化粧する話を昨日の帰りにカドリさんが伝えてくれてたようで比較的小柄な傭兵2人と普通に傭兵らしい1人が待ち構えていた。
1人はタレ目になるように、2人目はツリ目、3人目は男らしく眉を濃くした。
ホクロを描くのは神への冒涜らしいのでやめて、ビンディ…、だっけ?おでこに何か描くやつ。それも追加した。
その場にいた全員が驚愕している。
「ちょっ!どういうこと?こんな化粧方法があるの?」
「こんなにすごいの隠してたのー?」
「この額に描いたものは何ですか?」
「額のはビンディって言って魔除けのおまじない…です。危険な事をするんだから、無事を祈って描きました。」
「何でこんなに目が垂れたんだ?」
「この辺に線を描いて目尻の下に影があるように色をつけるとこうなります。」
ツリ目の説明も男らしさ強調も説明して、カドリさん出資で研究開発中の化粧品だと説明した。
「正直、ここまで変わるとは思ってなかったんだが、これなら釣れるだろう。」
「でもこの人は強そうに見えるから怪我人を装った方が良いですね。」
「そうだな。その辺はこちらで考える。ありがとう。」
控え室で待ってたそれぞれの囮と組む人たちが驚いている。
恋が芽生えたりして?
様子を見に来たかドリさんも彼らを見て大興奮だ。
「ミチルちゃんすご〜い!」
「ぼくもやって!!」
「私も…良いですか?」
「良いよー。」
リクエストにお応えしてここのみんなにもビンディ描いた。パウダー系はまだブラウンしか作ってないけど、ファンデーションとかチークとかも作りたい!
湿度の高い国だから保湿頑張らなくて良いのは助かる。
今日も昼食会はなくて暇を持て余していたらディレクが来た。知らない傭兵が付き添っているけど手枷もなく、大人しくなっている。おれとディレクと見張りの傭兵だけで応接室?みたいな部屋で話をした。
「ミチル!」
「わざわざ来てくれたの?」
「おう!大人しくしてるなら外に連れ出してやるって言われてな。隣町には行ったがこの町は初めてなんだ。」
「隣町ってどんなとこ?」
「ここよりギスギスしてるな。飯も高くて不味いし、スラムもあるし。そんなだから俺たちが入り込めたんだけどな。」
治安の良い町は怪しい人間は入れない。
治安の悪い町は抜け道がある。…ちょっと切ない。
「それで?アチェクの味を変えるのはどうするの?」
「あれは一度凍らせるんだ。」
「凍らせる!?…どうやって?」
魔法も冷凍庫もないこの国で、どうやって凍らせるんだろう?
「俺たちの集落は山の中腹にあるんだが、もっと登ると一年中雪の溶けない洞窟…氷穴があるんだ。そこに一晩置けばあの嫌な苦味と酸味は無くなる。…だからと言って美味くはならないぞ?」
「良いの良いの!口紅にしたいだけだから!」
「口紅?」
百聞は一見にしかず!
手持ちのを口紅を塗って見せた。
えせビジュアル系の時にばかり使ってたから普通の色がたくさん残ってて笑える。それはともかく、印象がはっきり変わるのでディレクも他の人たちも驚いている。
ほんのり染まる花びらで唇を染めることはあってもこんなにはっきりとした色はなかったらしい。アチェクは論外だろうし。
「これは売れそうだな。」
「でしょ?しかも凍らせなきゃならないならディレクの集落でしか作れない高級品になるよ!」
「アチェクが…高級品……?」
そこらで勝手に作れないなら商品管理がやり易くて価格も安定させられてありがたい!
「ミチル…それを俺たちに作らせてくれるのか?」
「そうだよ。作ってもらいたいの。どこで誰にどうやって作ってもらうかはまだ決まってないし、氷穴の近場で作業する必要があるならそこの暮らしに慣れてる人にお願いした方が良いでしょ?」
「あぁ…そうしたら…そうできたら…みんなが幸せになれるな…。」
「ちょっと!そんな言われ方したらもらい泣きしちゃうよ!止めて〜!」
別に良い事をしようとか人助をしようとか考えてないのに、偶然利害が一致しただけなのに!
そんなに感謝されちゃったら居心地が悪いから!でも子供達は売られてお年寄りは物乞い…
みんなが好きな道を選べると良いなぁぁぁぁぁぁ!!
ポーカーフェイスを保っていた傭兵がその顔のまま滂沱の涙で頬を濡らしていた。ごめん、びびった。
夜はガテン系の2人がまた来て仲良く酒を酌み交わしている。
ビンディつけた3人がいつになく嬉々として接待して、ガチムチオネェのランゴ様もビンディ描いて欲しがったのでリクエストにお応えしました。
そして夜は隊長に送ってもらってぐっすり眠った。
それから囮に化粧する事5日間、野盗は一網打尽となりました。
ディレクに顔を確認させて集落の仲間を隔離して、それぞれ取り調べやら何やらが始まった。隣町とも連絡を取り合い、被害状況を確認して罰を決めていく。隣町には裁判所のようなところがあるらしい。
罪の軽いものは警備隊や傭兵団が罪状の判断をして良いことになっている。
だからディレクの仲間たちは裁判不要!
中には商人を襲った時に被害者を庇って怪我して放り出された人もいて探し出して保護した。
この間にアチェクの口紅の作り方がまとまり、試作するために凍らせたアチェクを取って来てもらったら、その時について行った傭兵とディレクがくっついたり。
その後、集落の人の数人がこの町の食べ物の屋台の店主と仲良くなったのは半分くらい食い気かも知れないけど、メイべが幸せそうだからめでたしめでたし!そう言えばハリムさんも結婚したみたいだけど相手が集落の人か別の人かは教えてくれないから分からない。
エルはギュルセルさんを取られたってちょっと落ち込んでた。
3ヶ月後、化粧品は無事に商品化できて口コミだけで販売開始。
おれは流通が再開して接待が忙しくなる前にギルドの給仕は辞めてレンキさんに弟子入りした。宝石研磨は絶望的に不器用だったから諦めた。
とは言え、染物じゃなくて絵の具作りの方。
そこでファンデーションやアイシャドウの色の調合をしている。
ジェミルは見習い期間終了時に警備隊を辞めておれと一緒にレンキさんちの隣に家を建てて染物の方の弟子になる事を決めた。真咲が4人分のご飯を作ってくれるので掃除や洗濯は分担している。真咲の事は隊長と副隊長にだけ知らせてあるので時々見回りに来てくれる。
ジェミルもいるし、野盗はいなくなったし、当分、不安はないんだけど。
家が出来るまではレンキさんちに間借りしているのでエッチの時だけは気を使う。…向こうが始めたなー、って思うとこっちも声を殺して睦み合うんだけど、同じように気配は感じているんだろうなぁ。(苦笑)
早く家が出来ると良いな。
でもランゴさんが妥協は許さん!って小さいながらもしっかりとした作りの家を建ててくれるって張り切っている。
カドリさんが色々手配してくれて化粧品の売り上げの1割がおれの収入になるので生産量が増えれば収入も増えて行く。ありがたい!だからもう、酒場でタダ飲みはしないよ!誰かに1品奢ってもらうことはたまにあるけど。そもそも少し遠くなったからホイホイ町に行けないけどね。週1の買い出しくらい?
気分転換がてらお酒飲んでお泊まりして。
この世界にも辛いことや苦しいことがあるはずだけど、今の所はイージーモードで幸せに暮らして居ます。
ともだちにシェアしよう!