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第1話

 やわらかな陽光がきらめく中庭で、見目麗しい少年や青年が談笑している。いずれも彫刻や絵画から抜け出たような美貌を有し、上品なしぐさで草の上に座ったり、大きな噴水のふちに膝をつけてしぶきと遊んだり、ピクニック気分でバスケットに入ったクッキーや果物を、おいしそうにかじったりしていた。  そんな仲間たちを、冷ややかな表情でながめている青年がいる。  透けるような白い肌は血色がよく、唇はさくらんぼの果実のごとく赤く艶めいている。スッと通ったちいさな鼻。アーモンド形の黒目がちな瞳。それらがおさまる卵型のあごの細い輪郭から、細く長く伸びた首に漆黒の髪が流れている。きゃしゃと言える肩にたっぷりとかかる髪は、カラスの濡れ羽よりもなお黒くうつくしく、けれど絹の薄衣に似た軽やかさを持っていた。  三枝美月。  彼はこの『天使の館』で一番の美貌をほこる希少種オメガだった。十二のころに美貌を認められ、この館へと連れてこられてから八年間、ずっとここで暮らしている。  ほう、と退屈な息が美月の唇からこぼれ落ちた。  美月は庭木の根元に腰かけて、ぼんやりと遊ぶ天使たち――男性でありながら妊娠可能なオメガたちをながめている。  彼に声をかけるものはいない。美月を気にするものがいないではないが、いま彼の傍に行くのは自分たちの不利益になると彼等は知っている。 (そんなに、媚びたいのか)  あきれた美月の唇から、また吐息がこぼれた。  いまはアルファと呼ばれる特権階級――階級だけでなく、能力的にも優れている者たちが『天使の館』に訪れる時間。  オメガは優秀なアルファに見初められ、身請けをされて子どもを産むのが幸福だと教育されている。いかに優秀なアルファに目を止めてもらえるかが、この館に連れてこられたオメガたちの今後の人生を左右すると言ってもいい。  アルファの遺伝子は強く、劣等種とされているオメガよりもアルファの特徴を受け継ぐ子どもが生まれる可能性はきわめて高い。能力の遺伝を望むアルファは、より優秀で、うつくしい後継者を手に入れるため、自分の望む容姿を有した――あるいは、自分の欲求を満たせるオメガを見つけるために、この『天使の館』を訪れる。 (天使の館……か)  なかには、打算などなにも気にせず自由に過ごしているオメガもいる。そういうオメガたちでさえ美月に近寄らないのは、なんとなくそういう雰囲気が出来上がっているからだ。  アルファが館にいる間は、最上の天使である美月には近づかない。  そんな暗黙のルールが、いつの間にかできあがっていた。それについて不満はない。ただ、ぼんやりと日中を過ごすだけだ。  アルファが現れ、栗色の髪をした少年に声をかけた。彼は数日前に来たばかりで、まだここのルールに慣れていない。キョトンと目をまるくして、とまどいながら差し出された手を取って連れていかれる。 (話をするだけか、奉仕をさせられるのか)  どちらでもいいかと、美月は彼等から視線を外した。おそらく彼はアルファに声をかけられるのが、はじめてのはず。最初の出会いが悪いものではなければいいと、祈るともなく心に浮かべた美月の背後に気配が近づいた。 「美月」  やわらかな声音に、たっぷりと時間をかけて振り向いたのは気を持たせたいからじゃない。ただ、おっくうだっただけだ。 「会いにきたよ、美月」  口元には笑みを浮かべて、細めた目の奥には見下した色を残して、上等なスーツに身を包んだ青年が立っていた。美月はゆっくりと立ち上がる。 「財前さん」 「他人行儀だな。友則と呼んでほしいと言っているのに」  まっすぐに伸びた背筋と精悍な顔つきには自信が満ち溢れている。美月はほんのりと笑みをにじませ、わずかに首をかたむけた。 「そんな……できませんよ」  そう答えれば、相手は充足を満面に広げる。しょせんはオメガと見下しているのがありありとわかる相手には、媚びすぎない程度の愛想が一番いい。自尊心を傷つけずに、こちらの優位性も示す。それが“優秀な後継者を産む。あるいは欲求を満たす”だけの存在として扱われないコツだと、この館で過ごす間に学習した。  オメガの妊娠は、オメガが望まなければ成立しない。だからアルファは目当てのオメガを大切にする必要がある。そこを理解していないオメガは、アルファに振り回されて、そういうものだと思いこみ、交合するだけで子どもを宿す。  ここに入れられるまで、そのような知識を美月は持っていなかった。ここで学習できたことは、ありがたい。金と引き換えに両親から無理やり引きはがされたけれど。 「どうかな」  言葉すくなに誘われて、美月はうなずく。ここで拒否をするのは得策でない。たとえそれを望んでいなかったとしても。 (この館は、アルファたちの寄付金で運営されているのだから)  逆らってもいい範囲と、逆らってはならない範囲との見極めは難しい。それを見誤ると理不尽な扱いが待っている。  優雅で恵まれた生活に、自由はない。  美月は背を向けた財前のうしろをついていく。  中庭を取り囲むドアはすべて客間で、財前はそのうちのひとつを私物化していた。それだけ多額の寄付をしているのだと、オメガたちだけでなく、ほかのアルファたちにも示している。その心根が、美月に嫌悪を抱かせていた。  ドアを開けると優美なデザインの衝立があり、室内がのぞけないようになっている。それを過ぎると彼好みの、ここで使用するのに便利な調度が並んでいた。  壁に押しつけられた大きなベッドの上で、うつくしいオメガたちが肌の透ける薄絹を身にまとい、淫らに絡み合っている。心中で眉をひそめた美月に、財前は「さあ」とうながした。  彼等のなかに混ざれと言っているのだ。  気づかれないよう吐息をこぼして、美月はベッドに近寄った。財前はゆったりとソファに腰かけ、使用人の用意したワインを受け取り鋭い瞳でほほえんでいる。  ベッドの端で服を脱いだ美月に、たわむれていたオメガたちが手を伸ばす。どの顔も快楽に弛緩していた。それを醜いともうつくしいとも感じつつ、裸身の美月はベッドに上がった。 「あっ」  肩を掴まれ、財前によく見えるよう壁に押しつけられる。足を広げられ、首筋に唇を押しつけられた。オメガたちは舌を伸ばして指を滑らせ、なめらかな美月の肌に官能を植えつけていく。 「は……あっ、あ、んっ」  オメガはオメガ同士で愛しあう。それはこの館では、じゃれ合いの遊びとして推奨されていた。オメガたちはアルファをよろこばせる技を、オメガ同時の遊びのなかで覚えていく。  それを娯楽として求めるアルファがいる。財前はその趣向が強いらしく、その日の気分で数人のオメガを選び、淫らに舞わせて怠惰な気配が部屋に満ちると、美月を呼ぶのが習慣となっていた。  乱れ切ったうつくしきオメガたちに堕とされる、最上の美貌を誇るオメガ。  それがとても、たのしいらしい。  その感覚を理解したいとも、満足させたいとも美月は思わない。けれど、乱れたオメガたちの恍惚の渦に堕とされるのはきらいじゃなかった。 「んぁ……っ、ふ、ぁ、ああ」  ここでは誰もが性技を教育される。教え込まれた快楽は、どんな酒よりも魅惑的に酔わせてくれる。美月は彼等に蹂躙されながら、淫蕩の甘露を味わった。  財前の視線は無視をして、まとわりつくオメガたちに意識を集中する。  それぞれのうつくしさを持っているオメガたち。  彼等が体中を使って自分を求めてくる姿に心がふくらむ。 「あっ、ああ……んぁ、あっ、ふ、うう」  脇腹を唇でくすぐられ、胸乳に舌で甘えられ、欲色の肉を指先でもてあそばれる。透明なしずくがあふれると左右から舌が伸びて、猫が水を求めるように舐めとられた。 「ぁう……ふっ、んっ、は、ぁあ」  ビクビクと欲の象徴が痙攣する。屹立し、筒内にあるものを解放したいと望むそこを、オメガたちはクスクス笑いながら愛撫する。あとすこしが与えられない苦痛は、快感となって美月の血液に溶け、全身に広がった。 「は、ああ……っ、んぁ、あっ、あ、ああ」  もう、イカせてほしい。  嬌声に望みを乗せると四つん這いにされた。尻を高く持ち上げられて、谷にオイルを垂らされる。オイルは上気した肌にあたためられて、花の香りをまき散らした。 「んぁ、あっ……ひ、ぁう、うんっ、う」  繊細な指が美月の奥に押し込まれる。たのしげな笑いと共に内壁が愛撫され、欲が高められる。限界が近い美月の肉欲から、淫らな液がしたたり落ちた。 「はっ、ぁ、ああ……んぅうっ、あっ、ああっ!」  グッと内壁を強く刺激され、美月は遠吠えをする犬のポーズで精を放った。震える陰茎に手が伸びて、扱かれる。内壁を探る指はゆるむことなく、きつくすぼまったそこを押し広げた。  頭の中が真っ白になる。  淫蕩の渦に呑まれた美月の前に、そそりたつ陰茎が差し出された。見上げると、栗色の髪のオメガがうっとりとほほえんでいる。美月も笑みを浮かべて舌を伸ばし、それを口内に引き入れた。 「ふっ、ん……んうっ、む……ふ、ぅ」  美月にしゃぶられるオメガの恍惚が、美月の心を熱くする。じゃれついてたわむれる、これがオメガの遊びであり深い交流のしかただった。  この館に連れてこられたオメガたちは、これを最上の遊びとして教えられる。対等であったり、上位になったり、下位になったり。ただ、己たちの肉欲を相手の中に埋め込むことだけは、ルール違反と教育された。それと、肌を傷つけること。それをしてもかまわないのは、オメガ以外の誰か――所有者となるアルファのみ。  しかし、挿入されるよろこびを、美月は知らないわけではなかった。護衛あるいは玩具として与えられる、アルファでもオメガでもないもの。個体数の多いベータを相手に、こっそりと遊んでいる。  オメガ同士で挿入しなければ、ルール違反にはならない。  そういう規則の抜け道を、ほんのわずかな自由としていた。 「ひぁ、は……っ、あ、ううんっ、んぁ、あっ、ああ」  オメガたちの嬌声が、絡みあって室内に広がっていく。  美月はながめている財前の存在を忘れて、うつくしいオメガたちとの淫らな遊興にふけっていた。

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