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第9話

 カップをテーブルに置いた美月は、キッチンに顔を向けた。そこにいる和真の姿は見えない。部屋の中はふたりきりで、ほかの誰にも話を聞かれる心配はない。 (よし)  美月は立ち上がり、キッチンをのぞいた。 「和真」  呼びかけると食品庫をのぞいていた和真が美月を見た。 「話があるんだ」 「なんですか」 「ちょっと、ゆっくり話がしたい。だから……テーブルに」 「わかりました」  ソファに戻った美月は、向かいに和真を座らせた。護衛を座らせるなどはじめてで、それだけで重要な話をするんだと気負ってしまう。そんな美月に気がついた和真は、席を立った。 「どうして立つんだ」 「こちらのほうが、話しやすいでしょう」 「いい。座ってほしい」 「慣れた姿勢で、気楽になさってはいかがです」 「座ってほしいんだ」  すこし迷ってから、和真はイスに戻った。深呼吸をして、美月は口を開く。 「護衛について、聞きたいことがある」 「なんでしょう」  緊張している美月とは対照的に、和真はとてもリラックスしている。なにを聞いても答えてくれそうだ。 「その、なにから聞けばいいのかな」 「なんでも。思いつくままにどうぞ」 「それじゃあ……護衛は、仕えている相手と共にアルファに引き取られるわけじゃないのか」 「違います」 「なぜだ」 「アルファが護衛を求めていないというのが、いちばん多いでしょうね」 「必要なのはオメガだけだと?」 「そうです。アルファはすでに、個人的に護衛を雇っていますから。あと、オメガと護衛の仲がよすぎると、警戒をされる場合があります」 「なにを警戒するんだ」 「自分の子どもを求めているのに、護衛の子どもを宿すかもしれないと」 「……ああ」  そんなことはあり得ないと思いつつ、美月はゆるくかぶりを振った。ここにいる天使たちは、自分も含めて護衛を便利な道具ほどにしか考えていない。そのように教官たちから教育されているし、それが常識となっている。だからこそオメガ同士の遊びではできない“挿入”を、護衛を使って味わうのだ。それで子どもを宿すなど、ありえない。オメガが望み、求めているのは優秀な種を持つアルファなのだから。 「感情というものは、やっかいなものです。そんなことはありえないと思っていても、起こってしまう場合がある。――館の中では、ベータはオメガよりも下の存在として扱われていますが、外はそうじゃない。ここに入らなかったオメガは、ベータと結ばれることもあるんです」 「ベータと?」 「そう。だから、それを知っているアルファは警戒をしているのでしょう。館のルールはわかっていても、それに反する場合もあると」  納得はしないまでも、理解はできた美月は「ほかには」と問うた。 「オメガが必要ないと判断する場合もありますね。護衛はオメガがアルファに呼ばれたときに、必要以上のことをされないための監視役ですから」 「相手が決まり引き取られれば、必要ない」 「そうです」 「だが、それだけではないだろう? 日常の世話も護衛がしているのだから」 「アルファに引き取られれば、護衛よりもずっと質の高い従者ができますから」 「そうなのか」 「好みにもよるかと思いますが。誰もが俺のように、お茶を淹れられるわけではありませんし」  それもそうだと美月は納得する。祐樹の部屋でお茶を出されたが、秋定のお茶は和真のものほどおいしくなかった。 「護衛が辞退する、というのは?」 「それは、言葉通りです。任期を終えて、もとの生活に戻りたいと望むんです」 「もとの生活」 「想像がつきませんか」  美月が首を揺らすと、和真はかなしそうに笑った。 「美月はまだ、世の中を知る前に館に連れてこられたのでしたね」 「僕だけじゃない。ほとんどがそうじゃないかな」  そうでしたと和真はわずかにうつむいた。精悍な顔つきが暗く沈んで、美月の胸がざわめく。 「和真?」 「そのほうが教育しやすく、効率がいいのでしょうね。余計な知識を持っていないから」 「祐樹は、そうではないと言っていた。ある程度、世の中を知っていると」 「そのような友人を得られたことは、美月にとっていいことだと思います」 「そうかな」 「はい」 「秋定とは、親しくできそう?」 「親しくさせていただいておりますよ」 「それはよかった」 「ありがとうございます」 「それで」 「はい?」 「任期って、どういうこと」 「ベータは十六歳になると検査をされて、合格した者は三年間、兵役訓練を受けるんですよ」 「兵役?」 「国を守る兵士になるための訓練、ですね」 「なにから守るんだ」 「災害とか、まあ、いろいろなことです」 「僕たちのように、調査員に選ばれるのか」 「すこし違いますが、まあ、似たようなものですね。そこで三年の訓練を終えると、今度は正式に従事をするか、もとの生活に戻るか、護衛や警備の仕事に就くかを選べます」 「それだと、さっきの話と食い違ってくるぞ。護衛になれるのは訓練の後なんだろう? それだと任期は終わっているじゃないか」 「あくまでも、訓練の任期は、ということです。訓練と本番は違う。訓練を無事に終えて現場に出て、そこでくじける人間はすくなくない。ですから三年ごとの契約更新となっているのですよ」 「そうなのか」 「もっとも、ここの護衛はオメガがアルファに身請けをされるまで、となっているので、その限りではないですが」 「三年を過ぎてもそのままになるのか」 「いちおうの打診はされますが、どうでしょうね。俺はまだ、三年に満たないので」  下唇を噛んで、美月はじっと和真を観察した。和真は静かな笑みをたたえているばかりで、なにを考えているのかわからない。 「三年経ったら、辞めるつもりなのか」 「いまのところ、そのつもりはありませんが……状況は変わるものですから」 「そうか」  自分で思うよりも低く落ちた声に、美月はおどろいた。和真もそれはおなじらしく、意外そうに目を開いている。 「いや……あれだよ。和真の淹れるお茶は、おいしいから」 「俺以外にも、うまい茶を淹れられる人間はいますよ」 (そういうことじゃない)  彼を失うのが惜しいと感じる自分にとまどいながら、美月は手を伸ばした。笑みを崩さず疑問をにじませた和真が、その手を取る。立ち上がった美月は手をつないだままテーブルをまわり、和真の横に立つと彼の脚に膝を乗せた。 「美月?」  顔を近づけて唇を重ねる。ついばんでも、和真は美月に手を伸ばさない。 (ほかの護衛もそうなのだろうか)  違うと美月の脳が記憶を叩きつけてくる。和真の前の護衛は、己の欲のままに美月を抱こうとした。どうやって逃れたのか覚えていないほど夢中で抵抗し、部屋から飛び出して助けを求めた。あのときの恐怖は薄れていない。 (それなのに)  こうして和真にキスをして、彼の肌で遊ぼうとしている。そんな自分が美月は不思議でならなかった。 (オメガ同士の遊びとは違う)  オメガ同士の遊びは、互いの存在を理解して親しくなるためのじゃれ合いだ。けれど護衛とするこれは――。 (なんなのだろう)  明日にでも祐樹に聞いてみるか。そう思いながら、美月は和真のたくましい胸筋に指を這わせた。和真は美月の手を取ったまま、ピクリとも動かない。人形になってしまったかのようだ。 「和真」  呼べば、目が動いた。彼の膝にまたがって、美月は両手で顔を包み、じっと見た。自分とはまったく違う顔立ちに、近しいものを感じている。 (護衛は、オメガのもの)  けれど和真は、護衛はアルファに雇われている、オメガと対等なものだと言った。だから口調は敬語でも、美月を呼び捨てるのだと。 (わからない)  いまわかっているのは、和真と遊びたくなった情動だけだ。  顔中にキスをしながら、和真の上着を脱がせていく。されるがままの和真はなにを考えているのだろう。  美月は疑問を抱えつつ彼の首筋にキスをして、鎖骨のくぼみを舌でなぞった。両手で盛り上がった胸筋を下から支え、尖りを親指でくすぐってみる。和真は目を細くして、薄く唇を開いた。その表情に、美月の男膣が震える。 (こういうものを、アルファはうつくしいとは思わないのか)  館にいるオメガたちのほとんどが、華奢で中性的な容姿をしている。その中でも男らしい部類に入る祐樹でさえ、和真とくらべれば細くなよやかだ。オメガたちは自分のことを「僕」と呼ぶよう教育されて、体に傷や痣がつかないよう注意をされる。筋肉がつきすぎないよう、余分な脂肪を身につけないよう食事や運動は管理されている。それぞれの部屋でお茶をたのしむための茶菓子も、ある程度は自由だが摂取しすぎると運動の時間が追加されたり、食事の制限がなされたりした。 (そうして僕たちは、アルファの気に入るように育てられる。――天使と呼ばれるにふさわしい容姿であるために)  選ばれたオメガは、そのために生きている。それは特別ですばらしく、家族を残してきたものにとっては、家族のためにもなるものだと教えられている。 (うつくしくいなければいけない。すばらしいアルファと出会い、家族として引き取られるために)  それが生きる唯一の道だと、美月たちは教育される。それに疑問を持ったことはなかった。自分たちは選ばれたオメガであり、より優秀なアルファに選ばれるために存在している。護衛のベータは世話役であり玩具であり、私物であって対等ではない。 (そのはずだったのに)  鍛え抜かれた肉体を手のひらと唇でたしかめながら、美月は生まれた疑問を繰り返した。 (祐樹と話をしてからだ)  いろいろなことに気がつきはじめた。――あるいはそれは、和真と出会ってから知らないうちに抱えていたものかもしれない。 「ぅ……っ」  うめきに顔を上げると、和真が天を仰いでいた。頬のあたりが赤くなっている。ただでさえ美月よりも高い体温がさらに上がって、ぬくもりが心地いい。美月はそれを、全身で味わいたくなった。 「ベッドにいくよ」  膝から降りて命じれば、和真はぎこちなく立ち上がった。ズボンを押し上げている腰のものの大きさに、美月はゴクリと喉を鳴らす。それがどれほど気持ちがいいのかを思い出した美月の男膣が、じわりと官能の蜜を湧かせた。 「横になって」  従った和真の衣服を丁寧に剥ぎ取っていく。むき出された筋肉質な裸体に、美月はうっとりと目を細めた。自分にはないものを目で味わい、自分の体にもあるけれど異質に見える隆々とそびえた肉欲に手を伸ばす。 「う」  先端をつつくと、和真がうめいた。その声をもっと聞きたくて指の腹で切れ込みをなぞり、クビレをくすぐる。 「んっ……う、う」  快楽を堪える和真の筋肉が盛り上がり、硬くなった。それがたのしくて、硬い太腿を撫でながら肉欲をくすぐり続けた。 「っは……んっ、ぅ」  先走りが滲む。それでも和真は美月に手を伸ばそうとしない。 (和真は、僕に興味がないのか?)  好みではないのかもしれない。ヒヤリと美月の胸が冷える。しかしそれはいいことなのではないかと思い直した。 (襲われる心配はないのだから)  口を開いて先端を含んだ。チロチロと舌先で鈴口を濡らすと、和真がこぶしを握った。足の指まで握って堪える和真の姿に、美月はますます興奮する。 「は、ぁ」  口の中を陰茎でいっぱいにすると、肌が粟立った。口腔におさまりきらない陰茎で、頬裏や上あごを擦ると気持ちいい。頭を上下に動かして、美月は自分の尻に触った。すぼまりに指を入れて、口の中にあるものをそこに入れる準備をはじめる。命じれば和真がするかもしれないが、そうしたくなかった。 (和真は対等だと言った。だけど、こうして僕の好きにされている。これも護衛の任務のひとつなのか? それとも、やっぱり教官の言うように護衛は天使の所有物なのか)  後者でなければ護衛の交換などなされないから、和真はウソを言っている。そうであるはずなのに、和真の説明が正しいと感じている自分がいた。 (僕は、どうしてしまったんだ)  わからない。いまわかっているのは、和真で己を貫きたい欲だけだった。 (祐樹に聞けばいい)  彼ならなにか知っていそうだ。祐樹は信用できる。美月の直感がそう告げていた。はじめて和真を見たときとおなじように。 「んっ、ふ……は、ぁ…………ふふ」  たっぷりと濡らした和真の陰茎は、ビクンビクンと脈打ち震えていた。これ以上ないほどにたぎりきったそれは、暴力的なほどの魅力にあふれている。 「ああ……すごい」  唇を舐めて、美月は和真にまたがった。はやく呑み込みたいが、自分の体の準備が済んでいない。男膣から次々にあふれる蜜で充分に濡れてはいるが、ほぐしが足りていなかった。 「和真」  ささやき、つやつやと濡れた唇で和真の口にかぶさりながら、美月は指で自分を犯した。 「んっ、ぁ……は、ぁあ……ぅ、んぅ」  和真の首に甘えながら己を高めてほぐす美月の陰茎から、先走りがこぼれて和真の腹筋を濡らす。和真はシーツを握りしめ、荒く胸をあえがせていた。 (はやく、ほしい)  けれどまだ、準備が終わっていない。しっかりとほぐさなければ、翌日の行動に支障をきたす。それでアルファに――財前に呼ばれたらどうなるか。  ゾッとした美月の内壁がキュンと締まって、食んでいる指が敏感な箇所に食い込んだ。 「あっ、ぁ、あああ――ッ」  切なく細い悲鳴を上げて、美月は達した。尻を震わせて和真の喉仏に吸いつく。 「ふっ、ぅん……は、ぁ……ああ、和真」 「――はい」  押し殺した声に、美月は艶然とほほえんだ。 「苦しい?」  自分の尻から抜いた指で、和真のいきり立った部分を撫で上げる。喉奥でうめいた和真に、美月は体がふくらむほどの興奮を覚えた。 「は、ぁ……いま、イカせてあげるからね」  体を起こした美月は、和真の腹筋に手を乗せて腰を落とした。尻の谷に挟まれた陰茎の先が滑って、すぼまりにあたる。和真の手が美月の腰を支えた。上気し、潤んだ瞳で和真を見つめながら腰を落とすと、和真の口から熱っぽい吐息が漏れた。 「あっ、ふ、ぅう……んっ、ぁ、あ、く、ふぅう」  張り出した部分を呑み込むと、そのまま体重をかけて深く腰を落とした。衝撃に仰け反った美月の内部がきつく締まって和真を締めあげ、溜まっていたものを吐き出させる。 「くっ、ぅ」 「っ、んくぅうううう」  打ちつけられた熱に甘えた声を上げて、美月はあふれる情欲を味わった。 「は、ぁ……ああ、もっと……んっ、ん」  体を揺らすと、和真の腕が動きを助ける。徐々に動きをはやめる美月に合わせて、和真が腰を突き上げた。 「はんっ、はっ、はんぁあ……ああっ、んっ、んぅうっ、あ、いいっ……は、ぁあ」  思考が千々に乱れて、疑問がどうでもよくなっていく。なにものでもない存在になる瞬間がうれしくてたのしくて、美月はそこに到達しようと髪を乱して体を揺らした。 「はぅっ、は、はんっ、はっ、ぁ、ああっ、んっ、あ、あ」 「ふっ、ふ……っ、く、う」  途切れ途切れに漏れる和真の淫らな声が、美月の鼓膜を震わせる。胸の先がジンジン疼いて、そこに刺激がほしくなった。 「ふぁ、あ……んっ、んっ」  自らそこをなぐさめて、美月はますます腰を振り立て絶頂に向けて駆けあがった。和真の腕に腰を持ち上げられ、勢いよく貫かれ、注がれる。 「っ、は、ぁあぁあああああ――ッ!」  悲鳴の最後は声にならない叫びになった。内壁で和真にしがみつきながら、美月は白く輝く世界に羽ばたく。浮遊感に包まれて弛緩した美月の体は、和真の上に落ちた。 「は、ぁ」  満たされた息を漏らして、激しい鼓動に余韻を重ねる。まだまだもっと味わっていたいけれど、空気が重いと感じるほどに体がだるい。 「美月」 「ん……」  顎を上げるとキスをされた。それがなんだかうれしくて、美月の顔がゆるんだ。 「もう、眠りますか」 「ん、寝る」 「では」 「あっ」  和真が抜けて、仰向けに寝かされた。 「おやすみなさい」 「ん」  返事をして、遠ざかる和真の気配を追いかける。意識がゆっくり眠りへと歩いていく。和真は眠たくないのだろうか。目覚めれば体はキレイに拭われて、きちんと寝間着も着せられているだろう。どの護衛でもそうするのか、明日にでも祐樹に聞いてみよう。  濡れタオルを手に戻ってくる和真の足音を聞きながら、美月は眠りの世界へ旅立った。

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