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第10話

「護衛戦があるらしいな」  だしぬけに言われて、美月はポカンとした。 「護衛戦だよ、護衛戦。ほら、香音が引き取られただろう? それで護衛は置いて行かれたんだけど、そいつが館に残りたいって言ったらしいんだ。それで、実力を見せるために護衛戦をして、僕たちに売り込みたいってことらしいんだな」  めずらしくふたりきりの祐樹の部屋で、美月はふうむと考え込んだ。 「どうしたんだ」 「いや……」  チラリと和真に目を向ける。和真は腕を組み、壁に背を持たせかけていた。眠ったように見える顔つきからは、こちらの話を聞いているとは思えない。 (でも、聞こえている)  そう確信した美月は、秋定にも目を向けた。こちらはイスに腰かけてリラックスしている。私室であれば、警戒をする必要はないと判断しての態度らしい。 (僕も和真も、無害と認識されているからだ)  それがなぜだか、美月はうれしかった。ならば踏み込んだ話をしても問題はない。だからこそ、祐樹もその話題を出したのだろう。 「いつおこなわれるのか、祐樹は知っているのか」 「いいや。ただ、あるらしいってウワサを耳にしただけだ」  ふうんと美月は顎に手を当てる。交友関係の広い祐樹には、いろいろなウワサ話が集まってくる。信憑性があるかどうかはさておいて、火のない所に煙は立たない。 (でっち上げて、煙を立てる必要のある誰かがいるかもしれないけれど)  わけのわからないウワサを流されたことが、美月にはある。それを思い出したのだが、護衛戦をおこなうために、それをするとは考えられなかった。 「そういうことは、護衛に聞いてみるといいんじゃないのかな」 「情報源は、秋定なんだよ」 「へぇ?」  そんな話をするのかと、美月は秋定と祐樹を交互に見た。そして和真に目を向ける。 (和真からは、なにも聞かされていない)  おもしろくない。  心にわだかまりが湧いて、美月はため息をついた。 「それなら、おこなわれるのは確実なんじゃないかな。護衛の中でのウワサなんだから」 「うん……そうなんだろうけど」  横目で秋定を確認する祐樹に、美月は首をかしげた。 「あくまでも、かもしれないって範囲らしいんだ」 「そんな不確かな情報を話すのか」 「ああ、なんというか、まあ……そうだなぁ。ウワサはウワサでも、それに備えておいたほうがいいというか、なんというか」  めずらしく歯切れの悪い祐樹に、なにかがあるなと察する。 「言いにくいことなのか?」 「ほかの誰かがいたら、言えない内容かもしれない」 「僕とふたりだけだから、言ってもいいと判断したんだね」 「言ってもいいというか、言わずにはいられないっていうか」 「なんだ。もったいぶっているのか」 「そんなつもりじゃなくて」  祐樹が目顔で「言ってもいいか」と秋定に確認する。秋定は和真を見ながらうなずいた。 「いっそのこと、護衛戦の順位に添って、天使と護衛の組み合わせを決めてはどうかって意見が、アルファたちの間で話されているらしい」 「え」  思わず和真を見た美月の手が、祐樹に握られる。 「心配だろう」 (どうして、そんな大事な話をしてくれなかったんだ)  モヤモヤとしたものが美月のみぞおちのあたりにわだかまり、苛立ちへと育っていく。和真をにらんだ美月は、祐樹の手を握り返した。 「それは、護衛が勝手に交換されるってことだよね」 「確定ではないけど、その可能性は高いってことだ。ウワサ通りなら、な。だから秋定は、僕にこっそり教えてくれた。その覚悟を作っておくようにって」 「覚悟」 (それじゃあ秋定は、祐樹と離れてもいいと考えているのか)  眉をひそめた美月に、わかっていると祐樹が手の甲を軽く叩く。 「アルファたちがそう決定したのなら、僕たちにはどうしようもない。それに従うだけだけど……おもしろくないよな」  硬い表情で同意した美月は、もしかしてと口を開いた。 「なにか、それを阻止する方法を思いついているのか?」  肯定とも否定ともつかぬ動きで首を動かした祐樹は、秋定を呼んだ。承知した秋定は和真に声をかけてキッチンへ消える。 「なんなんだ?」 「和真と相談してもらおうと思ってさ」 「どうして」 「美月のことを、誰よりも詳しく知っているのは和真だろう? 今回のウワサ、和真も知っているはずだけど、美月には言っていなかった。――だよな」 「ああ」 「それはつまり、美月にはまだ言わなくてもいいって判断したってことじゃないのか」  皮肉っぽく美月は口元をゆがめた。 「言うほど僕に親しみを感じていないだけかもしれないよ」 「それはないな」  きっぱりと断言される。 「どうして、そんな自信満々に言い切れるんだ」 「見ていたらわかるさ」 「なにが」 「美月と和真は仲がいいってことがだよ」 「そう……なのか?」 「そうそう。まえに美月、護衛に襲われて、それでしばらく護衛がいなかったって言っていただろう」 「――ああ」 「それなら、新しい護衛に対しても警戒を持っていてよさそうなのに、和真に気安く接しているじゃないか」 「そう、かな」 「さっきだって、会話の途中で和真を気にしていただろう。それってつまり、和真の考えが気になるってことじゃないか」  うーんとうなって、美月は自問する。 (僕は、それほど和真を気にしていたのか)  すくなくとも祐樹には、そう見えているらしい。 「だけど、和真がそう考えているとは限らない」  クククと祐樹が喉を鳴らす。 「なに?」 「いや……否定、しないんだなと思って」  カッと満面が熱くなった美月は、プイッと顔をそむけてテーブルに手を伸ばした。グラスを手に取り、薄いレモン色の液体で発生した熱を冷まそうとする。 「っは」  飲み干した美月のグラスに、汗をかいたピッチャーを掴んだ祐樹がおかわりを注いだ。 「わかりやすいんだな、美月って」 「よく、なにを考えているのかわからないと言われるけどね」 「黙っていたら、そう見える」 「それじゃあ、これからはなるべく、そうしておこうか」 「よそよそしくなられるのは困るな」 「どうして」 「僕はもっと、美月と仲良くなりたい」  頬に唇を寄せられて、キスに応じる。 「んっ、ん」  唇でたわむれた美月は、子どもみたいにキラキラと目を光らせる祐樹の首に指をかける。 「ねえ、祐樹」 「ん?」 「祐樹は、秋定と遊んでいるの?」 「遊んでるよ」 「その、秋定は……ああ、いや」 「いいよ。聞いてくれて」  耳朶を噛まれて、美月はまつ毛を震わせた。 「なに、聞きにくいこと?」  キッチンの入り口を確認する。ふたりが出てくる気配はなさそうだ。 「あの、さ」  祐樹の耳に唇を寄せて、美月はおずおずとささやいた。 「誘うのはもちろん祐樹からだろうけど……秋定は、祐樹に手を出すのかな」 「手を出すって?」 「だから、その……されるがままじゃなく、積極的に遊ぼうとするのかどうかってことだよ」  不思議そうに目をまたたかせた祐樹に顔をのぞかれて、美月は恥ずかしくなった。おかしな質問をしている自覚はある。だが、聞かずにはおれなかった。 (ほかの誰かがどうしているのかなんて、知る機会なんてないから)  こんなことを質問できるのは、祐樹しかいない。そう考えての発言だったが、言ってから羞恥がとめどなく湧き出てきて、彼の顔を見られなくなった。腕で顔を隠して視線を防ぐ。 「なになに、その反応。すごくかわいいんだけど?」 「か、かわいくなんてないよ」 「ふうん」  見なくても声の調子でニヤつかれているとわかる。 (聞かなければよかった)  そう思っても、もう遅い。グッと腰を抱き寄せられて、互いの胸が密着する。 「もしかして、和真は美月に触れようとしないのか?」  腕で顔を隠したまま、そうだと首を動かすと「へぇ」と物珍しいと言いたげな声を出された。 「すごいなぁ」 「なにが、すごいんだ」 「だったらますます、護衛戦の順位で交換させられるなんてことは、阻止しなきゃいけないな」 「なにが、だったら……なんだ。もっとわかりやすく言ってくれ」 「僕から言うのはおかしいから、どうして手を出してこないのかって本人に直接聞いてみたらいい」 「どうして祐樹が言うと、おかしいんだ。あくまでも憶測なんだろう? だったらべつに、教えてくれてもかまわないんじゃないのか。というより、僕の質問は秋定が祐樹に手を出してくるかどうかってことで、どうして和真がしてこないのかってことじゃない」 「そこが疑問の根っこだろう?」 「う」 「わかりやすいな、美月は」  カラカラと軽快な笑い声をぶつけられ、美月は腕の下で唇を尖らせた。 「秋定が例外なだけで、ほかの護衛も手を出していないかもしれないじゃないか」 「うん、まあ……その可能性はあるさ。だけど僕がいままで聞いた限りだと、そんな護衛はいなかったな」 「そういう話は、けっこうするのか」 「するさ。しないほうが妙だ」 「どうして」 「護衛と親密になりすぎていて言えないか、護衛との関係が悪いってことになるからだよ」  顔の前から腕を退けて、美月は顔をけわしくした。 「それじゃあ、僕はそう思われているかもしれないってことになる」 「否定はしない。まあでも、美月に関しては護衛とのことよりも、財前さんとのことのほうが、みんな気になっているみたいだから。和真とどうかって話は、聞いたことがないな」  鼻の頭にシワを寄せて、不快を示した美月の鼻先がつつかれる。 「そんな顔をするって知ったら、みんなおどろくだろうなぁ」  祐樹のはずんだ声に、やれやれと美月はけわしさを消した。 「ふたりとも、出てこないね」 「ん?」 「キッチンから」 「ああ」  ニヤッと祐樹が頬を持ち上げる。 「嫉妬か?」 「なんで」 「秋定と和真がふたりきりで語らっているから」 「するわけないだろう。相手は、ただの護衛だよ?」 「まあ、普通はそうなるよな」 「普通は?」  物言いにひっかかりを覚えた。 「ここに連れてこられるのって、だいたいが十代前半……いっても十六くらいまでだ。それでも遅いって思われる。平均は十二歳くらいが多いよな」 「そうだけど」 「僕は十八だったから、世の中のことをちょっと知ってから館に入った。――遅いだろう?」  十八といえば、アルファに引き取られる頃合いだ。出ていきこそすれ入ってくるのはめずらしい。美月の顔つきから察した祐樹は、美月の髪をひと房つかんで唇に当てた。 「僕も、ある意味では美月とおなじで異例の存在なんだ」  うん、と声に出さずに同意を示し、美月は祐樹の額にキスをした。 「こんなふうにじゃれあうなんて、知らなかった」 「そうなのか?」 「外では、恋人同士か夫婦でないと、こんなことはしないんだ」 「えっ」 「それか、そういう商売だなぁ」 「商売」 「そう……商売。ある意味、僕たちも似たようなもんだから、おかしくはないんだけどさ」 「どういう商売なんだ?」  悲しげに意味深な笑みを広げた祐樹に、いまは言いたくないのだと察した美月は話題を変えた。 「祐樹は秋定が取られたら困るんだろう」 「困る! ほかの護衛だと、気安く会話なんてできないだろうからな。前のやつは教官の説明とか、ほかのやつらから話を聞いていたとおりの感じで、ちっとも会話にならなくってさぁ。それで、護衛戦の賭けで秋定を手に入れてすぐに、あれこれ疑問をぶつけてみたんだ」 「えっ」 「なんだかんだ言ったって、人と人のやりとりだろう? 守ってもらうんなら、相手を信用しなくちゃいけないしな。だからまず、話をしてみようと考えたんだ」 「話を……」  そんな考えを、美月は持ったことがない。おそらくほかの誰もが、そうしようと思ってもみないだろう。入ってすぐに教官に、護衛は天使を守るものであり、世話をするものであり、所有物であると教え込まれるのだから。 「僕は異質だって言っただろう? 先輩だって年下だから、なじもうと必死だったんだ。ここにずっと来たかったから。ルールから外れて追い出されたら困るしさ。それに、どうすればアルファの目に留まりやすいか、はやく知りたかったんだ。――ほら、引き取られる年齢の上限って、やっぱりあるだろうからさ」 「そう……なのかな」 「二十歳を過ぎて、この館にいるオメガはすくない……というか、ほとんどいないだろう」  たしかに、そうだ。 (だから僕は目立っているんだ)  いままで引き取りたいと言われなかったわけではない。ただ、その相手が自分の相手だと思えなかったから、断ってきた。双方の合意がなければ子どもが宿らないから、オメガにも断る権利がある。――子を求めないから同意されなくてもいいと、強引に連れていかれる場合もまれにあるらしいが。  美月は、いちばん引き取られやすい年齢にさしかかる直前、護衛に襲われて恐怖を植えつけられた。教官たちは館きっての美貌と認めている美月を粗略に扱わず、つぎの護衛が決まるまではとアルファたちに配慮を求め、それが認められたために、在籍期間が長くなっているという背景がある。  そんな特殊な理由がある美月はともかく、そうではないオメガたちはだいたいが十八歳になったころに引き取られていた。 「ここに入って、アルファに仕えるための教育をされて、それが終わるのがちょうど十八くらいになるんだ。館に連れてこられる平均年齢から考えるとさ。――だけど、僕はその年齢で館に入った」 「すごいな」 「だろう? ふつうは、資格があってもそんな年齢になっていたら、館には入れないんだ」 「そうなのか。でも、どうして」 「ここと外では教育の仕方というか、考え方というか、そういうものが違うから。そこを変えなきゃいけないってのは大変だからだよ」  いまいちピンとこない美月に、祐樹が苦笑する。 「普通だって思っていたことが、そうじゃなかったって知ったらびっくりするし、なかなか信じられないだろう? そういうことだよ」  そう説明されても、実感として美月は理解できなかった。そんな美月に「まあ、そういう反応になるよな」と、祐樹は深く説明せずに終える。 「そんなわけで、僕は秋定と話をしたんだ。秋定もはじめはおどろいていたけど、僕が正直にぜんぶ思っていることを打ち明けたら、なるほどって納得してくれて。そこからだんだん、仲良くなっていったんだけど」  言葉を切って、祐樹が肩をすくめる。 「なに?」 「仲良くなりすぎたかもしれないな」 「それは、どういう――」 「ああ。秋定とパートナーになりたいってわけじゃない。僕はアルファに引き取られて、いい暮らしがしたいから、調査員に年齢を聞かれて断られそうになったとき、努力しますって食い下がったんだから」 「そうまでして入りたいものなのか。ここは」 「美月はどうか知らないけどさ、僕にとってはそういう場所なんだ。ここは」  人それぞれ、いろいろあるのだなと美月は自分の中にはない考えに感心した。 (いままで、ほかのオメガがどんなことを考えて、どんな気持ちでここにいるのか、想像してみたことも話してみたこともなかったな)  未知のものに触れた美月は、夢見心地な指先で祐樹の輪郭をなぞった。自分とは違う世界を知っている祐樹は、とても魅力的だ。 「そういうわけで、秋定とは気心が知れたっていうか、情報交換をする相手っていうか、出世欲を持っているもの同士っていうか。そんな意味での仲良しだから、ほかの護衛になられると困るんだよな」 「なんでも話し合える相手だから、護衛が変わって関係を築きなおさなきゃいけなくなるのは困る、ということだね」 「そういうこと。なんせ入るのが遅かったから。残された時間もすくなくなるってことだろう? 誰だって、しつけしやすいかわいいほうが、いいに決まっているからな」 「そう……なのか?」 「犬猫だって、大人になったら引き取り手がいなくなるだろう。ペットショップで人気があるのは、なぁんのクセもついていない、しつけしやすい子どもだしさ」 「僕たちもペットとおなじと言いたいのか」 「ある意味、間違っちゃいないと思うけどな。養ってくれる相手に引き取られて家族になって、そこのルールに従ってかわいがられて過ごすんだから。――こんな考え方をしているってバレたら、アルファたちは僕を倦厭しそうだなぁ」  ハハハと軽く流した祐樹に、そうとわかっていながらしゃべったのは、自分を信用してくれているからだと美月はうれしくなった。 (でも――)  ちょっと待ってくれと、美月はさらりと通り過ぎようとした言葉を呼び止めた。 (僕たちはペットとおなじで、引き取られやすい年齢の制限がある――?)  それをどう受け止めたらいいのか、美月は悩んだ。 「むずかしい顔をして、どうしたんだ。僕の価値観がいやだったか?」 「そうじゃない……その、なんて言えばいいのか、ちょっとわからないんだ」 「嫌悪感があるとか、そういう感じか」 「いやとか、いやじゃないとかじゃなくて」  言葉を探してみるのに、これといったものが見つからない。悩む美月がなにか言うのを、祐樹は待った。 「すまない」  考えてみても、美月はどう言えばいいのかがわからなかった。 「なんであやまるんだ。美月はなにも悪いことをしていないだろう」 「だけど……説明ができない」 「それは、悪いことじゃないさ。いまじゃなくても、思いついたものがあったら、そのときに言ってくれればいい。もっとも、僕が引き取られてしまう前に言葉を見つけてくれないと、聞けなくなるけどな」  おどけられて、美月はフッと顔をなごませた。 「おなじアルファに引き取られたら、問題ないだろう?」  軽口を返してハッとする。 (おなじアルファに引き取られる? 祐樹と、僕が……)  自分の発言におどろいた美月とおなじ顔を、祐樹もしていた。見つめ合い、クスッと笑って額を重ねる。 「そうなると、たのしそうだな」 「そうなりたい」 「なれるかもしれないぞ」 「そうかな」 「可能性はゼロじゃない」 「――うん」  そうなれれば、どれほどいいだろう。 「それで、なんの話だっけ」  脱線したものを、祐樹が戻す。 「あ……そうだ。ええと」  話のはじまりを思い出そうと、美月はうなった。 「――秋定からされるかどうかが聞きたかったんだ」 「される」 「うん」 「それで、和真はしないんだったな」 「そう。それを祐樹はすごいと言った」 「うん、すごい」 「どうしてすごいかは、まだ教えてもらっていないよ」 「それは……和真に聞いてみればいい」 「どうして」 「僕の憶測よりも、和真本人から聞かないと」 「それは、そうだけど。――祐樹の見解を知りたい」 「はずれていたら困るからさ。まあ、はずれてはいないだろうけど」 「けど?」 「どうしてそうしているのか、理由がわからない」 「理由」 「うん。だからそこを含めて、和真に聞いてみるといい」  うーんと美月は鼻を鳴らした。 「聞けていたら、とっくに聞いているさ」 「なんで聞けないんだ?」 「わからない」 「まあ、聞きづらい気持ちはわかるけどな」 「わかるのか」 「なんとなく」 「それじゃあ、教えてくれてもいいだろう?」 「まあ、そうだな」  キッチンに目を向けた祐樹の唇が、美月の耳元に寄せられる。 「和真が美月を、とても大切に思っているからだ。きっと、大好きなんだと思う」 「え」  ニィッと祐樹が歯を見せる。 「大好きなら、触りたくなるものなんじゃないのか」  仲良くなりたいオメガたちは、遊びで互いを求めてじゃれる。オメガ同士の裸身のたわむれは、相手を知って自分を伝え、好きだと示す行為だった。会話よりも重要で簡単で、そしてたのしく気持ちがいいもの。それは一方的ではなくて、相互的におこなわれるもののはず。それなのに――。 「どうして手を出さないことが、大切って解釈に繋がるんだ」 「わからないか?」 「わからない」 「経験豊富そうなのにな」  ムッとした美月に、ごめんごめんとすこしも反省していない調子で祐樹があやまる。 「まあでも、和真はぜったいに美月が大切だから」 「すこしも説明になっていないよ」 「そこは自分で気づかないとな」  ポンッと頭の上に手のひらを乗せられて、美月はひどく甘やかされている気分になった。じんわりと胸のあたりが熱くなる。 (なんだ、この感覚)  ひどくなつかしくてうれしくて、そしてちょっぴり切ないこれは、どういった感情なのだろう。 (和真)  いますぐに和真の顔を見たくなって、美月はソワソワした。 「そろそろふたりを呼びもどすか。話も終わっていそうだし」  うなずいた美月は、緊張している自分にとまどいながら和真を呼んだ。

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