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第1話 ハンター

 黒毛の逞しい馬に乗った青年が、すでに四体のヴァンパイアを倒してきたハンターだとは、見た目では思いもよらない事だろう。  フード付きのローブを身に纏い、腰から剣を吊るした姿はいっぱしの冒険者だったが、馬から身軽に降り立った肢体は、まだ成長期の少年のように華奢でしなやかだったからだ。  酒場の前に馬を繋ぎ、馬番に銅貨を何枚か託すと、青年は労をねぎらうようにその鼻面を幾度か撫でた。馬番が持ってきた水桶に鼻先を突っ込み、彼女が水分を補給するのを見届けてから、酒場に入る。  扉をくぐると、むっとした煙草の煙と人いきれが青年を出迎えた。わざと軋むように作られた扉で、否が応にも余所者の青年に眼差しが集まる。 「ブランデーをくれ」  カウンター席に座り小さく呟いたが、店主が横柄に腕組みしながら、わざと店中に聞こえるような大声で応えた。 「ブランデー? うちは子供に酒を出すような店じゃねぇ。あと五年はミルクで我慢するんだな、坊や」  常連客が、どっと笑う。  すると青年は、目深に被っていたフードを取った。小柄ではあったが、顔つきは端正な若者のそれだった。やや長めに伸ばされた黒髪は白い項に降り掛かり、唇はふっくらと桜色だ。その美しさに、幾人かが、口笛を飛ばす。 「子供じゃない。こういう者だ」  青年はそっと、ローブの隙間から、大きなシルバーの十字架をチラつかせる。ヴァンパイアハンターの証だった。  途端、店主は態度を改めた。半信半疑のように青年の顔を窺いつつも、素直にブランデーをグラスに注ぐ。 「お前ぇさん、まさか……」  一口やってから、青年は答えた。 「ああ。この村から正式に依頼を受けて来た。ゼス・スライドだ」 「あんたみてぇなヒヨッコが……いや、すまねぇ、あんまりにも若けぇから、つい……」  店主は自分の失言を大慌てで訂正する。が、気にした風もなく、ゼスはブランデーをゆっくりと飲み干した。 「いつもの事さ。幼い頃からハンターの教育を受けて育ったから、まだ若いというだけの事だ」  あの光景を、ゼスは生涯忘れなかった。  引き止める両親の元を十二歳で飛び出し、信頼出来る師を見付け、長じてヴァンパイアハンターとなった。  あの時の、金さえ積めば無実の孤独な老人さえ殺す、間違ったヴァンパイアハンター像を正すために。何も出来ずに殺されてしまった老人に、懺悔するように。 「正式に契約を交わす。村長の家を教えてくれ」  その為だけに酒場に寄ったのか、ゼスは場所を店主から聞きだすと、勘定を済ませ踵を返す。  その背に、何も知らない粗野な言葉が投げかけられた。 「おい兄ちゃん! 今晩の相手を探してるんなら、俺が高く買ってやるぜ?」  また常連客がどっと沸いたが、ゼスは意に介さず素早く扉を抜けて、そう遠くない村長の家に向かった。

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