「ラッド……！」 　ゼスはすぐに、棺に跪いて蓋を開ける。生気のない、蒼ざめた顔色のラッドが、眠っていた。本当に死人のようだ。 「ラッド、君は死ぬつもりか！？」 　強く肩を揺さぶると、紅い瞳が薄く開く。 「ゼス……？」 　夢うつつの声色で囁いて、ラッドはゼスの頬に指を伸ばす。その爪は鋭く尖っており、自分を覗き込んでいるゼスの横髪を指の甲でそっと撫でると、今わの際のように儚げに微笑んだ。 「嬉しい夢だな……」 　流れ水の上だからだろう、現実と夢を取り違えているラッドは、ゆっくりと起き上がると、ゼスを抱きしめた。 「うっ……」 　 　だが、すぐにその精悍な頬を歪めて苦悶した。 　引き合っているのだ。ラッドの尖った糸切り歯と、ゼスの首筋に穿たれた吸血痕が。 　身を離そうとするラッドを、ゼスは力を込めて抱き返した。 「ラッド。今の君の力じゃ、この海は渡れない。……吸うんだ」 　言って、片手でローブの紐を解く。ローブはずり落ちて跪いたゼスの腰の辺りにわだかまった。 　その下の白いシャツは、すでにボタンが二つ外されて、白い首筋にポツリポツリと二つ、ラッドの牙の痕が残っていた。 「う……うがぁ……っ」 　再び両腕で抱き締めると、ちょうどラッドの口元に吸血痕がくる。震えわななく指でゼスの身体を抱き締めかけ――ラッドは、正気か狂気か、抗った。 「ラッド、闇が恐いなら……俺が君の光になる」 「ぐがぁっ！」 「吸ってくれ。俺は君を裏切ったりしない……！」 　必死に暴れる身体を押さえつけていると、一瞬、その身体が意識を失ったようにグラリと倒れ込んできた。 「ラッド……！？」 　だがもう一瞬後には、その逞しい腕に力が戻り、気が付いたときには、ベッドの上に押し倒されていた。若者たちからゼスを守った時と同様に、瞬間移動したようにも思えるスピードだった。 　先程までと打って変わり、紅眼を爛々と光らせて、ラッドはごぉと深く息を吐く。 　ゼスの両手首は、ラッドの片手でシーツに縫い留められていた。 「ラッド……！」 　その眼に宿る、ヴァンパイア本来の酷く残虐で冷酷な光を感じ取り、ゼスは体の芯が痺れるような感覚を覚えた。恐れはあったが、一度覚えた快感が、拒む理由を否定した。 「ラッド……良いぞ……」 　恐怖に震える声音に力を込め、ゼスは囁く。 　上からゆっくりとラッドの顔が近付いてきて、ゼスは思わず固く目を瞑った。 　唇が触れ合ったかと思うと、冬の冷気のような冷たい息と舌が侵入してきて、ゼスの口内を蹂躙していった。 　上顎の奥を舐められ、ヒヤリとする感触がざわざわと身体中の毛を逆立てる。 「ん！　む……ぐ……」 　応える術を知らずされるがままになっていたゼスだが、一度だけ抗議の呻きを上げた。 　何度目か、角度を変えた時、唇同士の隙間から鮮血が一筋滴り落ちる。ラッドが、ゼスの舌に歯を立てたのだ。二人の口内に、血の味と香りが充満する。 　ラッドにとっては美酒だったが、ゼスにとっては快感と背徳感の交じり合う、甘い責め苦だった。 　柔らかい粘膜が、ラッドの舌でまさぐられ、ゼスは必死に息をつぐ。 　舌をやや乱暴に引き出され、舐められ、吸われ、甘噛みされて、その初めての感覚に、ゼスは喘いだ。 　口角からは、唾液と血液が混じり合って滴り落ちる。 　その仄赤い筋を首元まで舌で辿られては、無意識に押さえられた拳を強く握って、身体を捩った。 　爪が掌に食い込むほど握って、悦に耐える。 　純粋なヴァンパイアは吸血で快感を得て眷属を増やす為、性行為は別段必要としないと教わった。 　だが、ダンピールのラッドは。 　すぐに吸血はせずに首筋をぬるぬると這い回る舌は、確かに愛撫のようだ。 　鋭い爪がゼスの胸元から下肢まで一文字に下ろされると、服は容易く破れて素肌が露わになった。 「あ、あ……！」 　羞恥さえ感じる暇もなかった。 　首筋を舐め吸っていたラッドの牙が、うじゃじゃけた吸血痕を上書きする。一度目と違い、ショックよりも快感が勝り、ゼスは艶っぽい声を上げた。 「っあ、うう……ん、ラッド……」 　吸血欲に支配されてはいたが、彼は確かにゼスが愛した人なのだ。 　押さえられていた両手首が自由になると、恐れはせずにラッドの広い背に腕を回す。 　命の危機を、吸血によって脱したラッドは、ゼスの首筋から顔を上げると焦燥の色をはいた。 「ゼス……！？　俺はまた、お前の血を……」 「ラッド、良いよ……きて」 　ラッドは戸惑っていたが、素裸で組み敷かれ、ゼスはもう欲望を抑えられなかった。 「俺、もう我慢出来ないラッド……こんなになってる」 　ラッドの腕を取り、その掌に下肢を擦り付けて強請る。 　ただただ驚いていたラッドだったが、その感触に、ゼスと同じ言い逃れ出来ない欲望の色が灯った。 「ゼス……！」 　やんわりと握られる冷たい感触が、目の覚めるような快感を呼んだ。 「ぁあ・あ・あ・駄目っ、ん――……っ！！」 　自慰さえ知らなかったゼスは、その強烈な刺激に、痙攣しながら果てた。 　息を整える暇もなく、今度は引き締まった尻を揉まれて身悶える。 　本能的にラッドの指が、ゼスの放ったものを掬い取り、まだ硬く結ばれた蕾に塗り込み始める。ビクン、とゼスの身体が跳ねた。 「ひっ……」 「ゼス、力を抜け」 「出来……ない」 「じゃあ、こうだ」 　片手で再び下肢を扱くと、敏感なゼスの身体は弛緩して、もう片方の指はツルリと最奥に侵入した。ラッドは、無駄に注挿したりせず、注意深く内部を探る。 　腸液でぬめるその中で、腹側に指を曲げると、硬くなったしこりが来訪を待っていた。 　男性子宮の入り口、すなわち前立腺だった。 「やぁんっ！」 　ゼスが激しく首を振る。 「ここか……？」 　過ぎる快感に大粒の涙を一粒零したゼスの表情を堪能しつつ、ラッドはそこを二本の指で交互に撫でるようにしては、ねちっこく突く。もうゼスは、意味のなさない喘ぎを漏らす他なくなった。 　整った顔立ちが引き歪むのが、酷く色香を漂わせる。 　やがてがくがくと白い内股が震え出し、花開くように蕾が綻び始めた。 　ラッドがスラックスの前を寛げると、長大な雄が飛び出すようにして現れる。 　そこは人間より遙かに大きく太く、血管が浮き赤黒く怒張して、堪えきれないようにゼスの蕾に押し当てられた。 　そんな簡単な刺激にも、ゼスは翻弄されて悲鳴を漏らす。 「ひゃん……！　変に、なるっ……」 「ゼス……」 　ゼスの程良く締まった双丘を両の親指でぐいと押し広げると、綺麗なピンク色に染まったヒクつく内部が覗き、ラッドが指で中に塗り込んだ白濁が一筋、尻側に伝わる。 　ラッドも限界だった。花開いた雌花に、自らの猛った雄花をじりじりと埋め込んでいく。 「アッ……」 　じわりと痛み、ゼスははくはくと唇を震わせた。こめかみを冷たい汗が伝う。 「ゼス……痛いのか？」 　快感とは違う形に細い眉根を寄せるゼスの表情に、ラッドは怯んで腰を引く。 　だがゼスの柔肉のリングは、退こうとするラッドの先端の膨らみを噛んで離さなかった。 　涙を零しながら、哀願する。 「ラッド、もっと……痛くても良い、きて……っ」 　だが本来の目的とは逆に押し入られる異物感に、ゼスは弱々しくかぶりを振ってしまう。 「大丈夫か？」 　切羽詰まった言葉通り、またじりじりと腰を進めるが、萎えかけたゼス自身を扱きながら挿入していくと、ヒクヒクと中が締め付けてきた。 　ラッドのあまりの長大さに全部は収まりきらず、腸壁の突き当りまで届く感覚は、ゼスを千々に乱れさせる。 「んんっ、あ、ラッド……！」 　もどかしさに、ゼスはすらりと長い足をラッドの腰に巻き付ける。 　深く繋がり、ゼスは、痛みと異物感と快感に、しゃくり上げた。 「ゼス……」 「あぁっ・あ・ぁんっ」 　ラッドがゆっくりと腰を使うのに合わせて、高い嬌声が部屋中に乱反射する。 　硬く抱き締めあい、ラッドの雄がゼスの腸壁を擦る度に、人ならざる快感が、少しずつゼスの理性を焼き切っていった。 　ただでさえ異形とまぐわう悦に善がっているのに、ラッドが竿を持って角度を変え、男の感じる一点を狙って突き上げ出しては、ゼスはどうにかなりそうだった。 「あ・ハ・ヒャンッ！」 　自分でも聞いた事のない高さに、声が掠れ上がる。 　もう、痛みも異物感も吹き飛んでしまった。残ったのは、過ぎる快感だけ。 　ラッドも初めての経験に、息を深く吐いて額に汗を滲ませていた。 「あっあ・そこ・駄目・イ、くっ」 「何度でもイけば良い……」 　ゼスは天使のようなかんばせからは想像も出来ない卑猥な体勢で、曲げられた自分の膝頭に手を当て自ら脚を開くようにして、動きを合わせて腰を振る。 　新緑色の瞳からは涙が、桜色の唇からは唾液が、ひっきりなしに滴り落ちた。 　 「ン・アッ・イくっ！　ハ……アァァアアアンッ！！」 　ラッドを受け入れている媚肉が、きゅうきゅうと締まり上がって収縮する。 　だがラッドはまだイかずに、ゼスを滅茶苦茶に突き上げた。 　顎がガクガクと上下に揺れる。 「はっ・ぁあ・アンッ、ラッド、ラッド……」 　うわ言のように何度も呼んでは、涙を零す。 「愛し、てるっ」 　ゼスが小さな声で、だがハッキリと口にする。もう何度目か分からぬ求愛だった。 　けしてそれに応えなかったラッドだが、思わず愛しさが募って口が滑る。 「俺も、愛してる」 　と吐息で一度だけ囁いて、ゼスを追い上げた。 　必死にラッドにしがみ付いていたゼスだが、熱いほとばしりを中に受けて、また同時に絶頂を向かえると、だらりと弛緩してラッドの腕の中で失神したかのように見えた。 　汗にまみれた黒い前髪に、そっとラッドは口付ける。 　しかし、ラッドが身を離そうとすると、ゼスの手がそのネクタイをぐいと掴んだ。 「ゼス？」 　泣き濡れた瞳を閉じたまま、乱れた息が整うまでしばらく待ってから、ゼスは薄っすらと瞳を開けた。 「ラッド……聞いたぞ」 「何をだ」 「愛してる、って」 　意識は飛んでいるものと思って漏らした一言が、聞かれていたと知って、ラッドは驚きと焦りの色を浮かべる。 「俺も、愛してる。だからもう、死のうとするのはやめてくれ」 　切なげな表情で、下から腕を伸ばしてラッドの項にかけて引き寄せる。互いに瞳を閉じて、優しい口付けで角度を変え何度も互いを愛おしむと、二人はしっかりと抱き合った。 「こんな俺を……化け物の俺を、愛してくれるのか」 「関係ない。君が君だから、愛してる、ラッド」 　ラッドの眉間に、深い深い苦悩の皺が刻まれた。 「だけどお前は、ハンターだ」 「村の連中は、君を倒したと思ってる。もう追っては来ない」 　額をコツリと突き合わせて見詰め合うと、それだけで互いに満たされていくのが分かった。 「俺からだけ血を吸えば、ダンピールとバレる事もない。約束だぞ。俺だけ、だ」 　まるで浮気な恋人を咎める少女のように、ゼスは悪戯に含み笑って念を押す。その鮮やかな笑みにつられるように、ラッドも僅かに微笑んだ。 「ああ。もう、お前以外の血なんか要らねぇ」 「それは……俺と一緒に生きてくれるって事？」 「お前にゃ負けたよ。愛してる、ゼス……」 「ラッド……！」 　諦めたように穏やかなラッドに、ゼスが飛びついて歓喜した。