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エピローグ
森の闇の中に、紅眼を光らせたヴァンパイアが、華奢な影の首筋に歯を立て、血を吸っている。
跪いた膝の上に頭を乗せ、淫猥な水音を立てていた。
「あ……は……」
吸血の快感に潤んだ瞳を閉じて、影は無防備にその逞しい胸に収まっている。縋り付くようにして、指がヴァンパイアの胸倉を掴んだ。
やがて、ヴァンパイアは顔を上げる。
雲が途切れて、月明かりがその二人を照らし出した。
ラッドとゼスだった。
「ン……」
名残に声を掠れ上げるゼスの華奢な肩を、柔々とラッドが精悍な頬を見せ揺さぶる。
「ゼス。来たぞ。血の匂いに誘われて」
「ああ」
ゼスはラッドの薄い下唇を食むように一度口付けると、正気に戻って立ち上がった。
腰の長剣を抜き、月を陰らせて飛んでくる蝙蝠の群れを睨めつける。
蝙蝠はラッドとゼスの前まで下りてくると、寄り集まってすうと黒い人型を取った。
「お前が、この辺りを荒らしているヴァンパイアだな」
スーツ姿のラッドが問うと、鏡に映したように似たようなスーツ姿の男が言った。
「そういうお前は、誰だ。私からすれば、私の縄張りを荒らしているのはお前だ」
冷徹なヴァンパイアの問いに、二人は短く答えた。
「ラッド」
「ゼス」
「なっ……!」
およそ恐れるものなど何もないように思われた威風堂々としたヴァンパイアが、銀髪の前髪を震わせて驚愕する。
「ハッ!」
ゼスが、上段の構えで斬りかかった。
驚きから立ち返って、すんでの所でそれを躱したヴァンパイアの頬が、一筋裂ける。
途端に、蝙蝠の群れに戻って飛び立とうとする崩れかけた身体を、目にも止まらぬ速さで出し抜いたラッドが、手刀で深々と突き刺す。
掌の中には、脈動する心臓があった。
剣を捨て、ゼスが今度は腰から木の杭とハンマーを取り出す。素早く、ラッドの手の中の心臓にそれを突き立てた。
ぎぃぃあああ。身の毛もよだつような叫びが上がる。
ラッドはその実害を持つ言霊の塊からゼスを守って抱き締め、ヴァンパイアの身体が灰になって朽ちるのを見詰めていた。
ダンピールには、生まれながらにヴァンパイアを倒す力が宿るという。
海を渡ったかの地で、ラッドとゼスの噂は、ヴァンパイアたちにさえ恐れられるほど、高名になっていた。
ヴァンパイアの朽ちた灰を、倒した証拠とする為、ゼスは片膝をついて革袋に詰める。
「ゼス」
それが終わるのを待っていたように、ラッドが長身の腰を折って上から口付けてきた。
「ん……」
親指の腹で顎を持ち上げられ、柔らかいものを食べるように、角度を変えて幾度も唇を食まれる。
ゼスも応えて動きを合わせるが、冷たい掌がローブの下から潜り込んできて薄い胸板を捏ねる動きに、息を乱した。
「はっ……ラッド、ここでするの?」
「宿屋は壁が薄い。ここなら思う存分、声が出せる」
「んっ、馬鹿……優しくしろよ」
「痛くても良いと言ったのは、誰だ?」
「もうっ……」
合わされた唇の隙間から、クスクスと二人分の笑いが漏れる。
「あん・あ……はんっ」
月が雲に隠され、二人の愛は秘められた。この二人が、愛し合うダンピールと人間だとは、永遠の秘密なのだった。
噂はこうだ。スーツの男とローブ姿の青年の二人組みが、凄腕のヴァンパイアハンターとして、名を轟かせている。
何十年かの間、彼らを求める村の声は引きも切らず、やがて、それは、伝説となって永く語り継がれた――。
End.
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