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第1話「藤堂、軍隊辞めるんだって」
「藤堂、軍隊辞めるんだって」
……………………は?
返す言葉を失った。
俺がどうして、そんな話になってるんだ?
「辞めねぇよッ!」
「だよな~」
ふわふわ
青い空に真綿の雲が浮かんでいる。
嗚呼 、満州は平和だ。
だが。
現実は穏やかではない。
ミッドウェー海戦敗退
ガダルカナル島撤退
サイパン玉砕
マリアナ沖海戦惨敗
レイテ島の戦況も極めて悪い。絶対国防圏を次々に陥落され、日本軍は敗走を重ねている。
物資は枯渇し、国民の生活は困窮している。
首都・東京が焼かれた。
地方の大都市は次は自分かと、焼夷弾 の雨に戦々恐々している。
しかし……
この国。
関東軍が統轄 する満州国にいると、戦争をしている事実を忘れてしまう。
本土よりも安全なのではないかとさえ思う。
もっとも、ここから離れた北方。ソ連との国境付近は緊張状態であるらしいが。
「俺、来月からデータ解析やるんだよ」
軍での任務は、医学だ。感染症の研究である。
「すげーな!昇進ってやつだろ」
「ただの異動だ」
今までが保管されている薬品管理だったから。大した事なさすぎたんだ。
「まぁ、異動っつっても所属の部隊は変わらない。配置転換だよ」
「じゃ、これからも一緒にいられるな!」
白い歯を見せて、屈託のない笑顔を向けてきた。
「俺と一緒で、なにが楽しいんだか」
「んー……面白いところかな」
「 ………………は?」
俺が面白いだと?
「絶対解けねぇ数式、言ってやろうか」
「ハハハ、面白れーよ。そうやって、すぐムキになるところ」
(俺は、こいつに一生かなわないのかも知れないな)
仰いだ蒼穹 に、一筋の飛行機雲が伸びていく。
零戦 だ。
「そういえばお前、サボってていいわけ?」
俺と違って、こいつは訓練生だ。
零戦の訓練生が、真っ昼間から油を売っている暇はないはずだが。
「俺、優秀だから。今日は休み♪」
「自己都合の休みだな」
つまるところ、サボリだ。
明日、上官にこっぴどく怒られて、零戦の操縦に明け暮れろ。
「バレたか」
「腐れ縁だからな」
長い付き合いだ。分からない訳がない。
「あー、それ。俺も思うわー」
草原を駆けた風を、黒瞳が追った。
空へ
「まさか異動までかぶるとは」
………………異動?
今、異動と言ったのか。
「さすが幼馴染み」
「おいッ!」
叫ぶと同時、胸ぐらを掴んでいた。
「山本!聞いてないぞッ!」
「だって、今日お前に初めて言うし」
「そうじゃねェッ」
どこだ。
「北方か、南方か」
戦場は。
「どこに行くんだッ」
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